小説家片山恭一の文章の書き方

23 「本当に書きたい!」ことを探す

 自分で体験したことがなんらかのかたちで作品に反映されていないと、しっかりした芯のある小説にはなりません。ぼくの講義を受講している学生さんたちに小説のテーマを提出してもらうと、ファンタジー、タイムト・ラベル、探偵などいろんなテーマが出てきます。それはそれでいいのですが、作品のなかに自分が見たり聞いたり考えたり感じたりしたことが入っていないと、たぶんつまらないものになるでしょう。

 ところで、ぼくたちが体験することって、みんな似たり寄ったりなんですね。戦争みたいに大きな出来事を体験したわけではない。もちろん体験しないほうがいいんですけどね。それにしてもみんながスマホやっているわけだから、世代を超えて誰の体験の似たようなものになる。そのなかでどうやってスペシャルなものを書くか。自分にしか書けないものを書くか。

 これはもう、「本当に書きたい!」ものを探すしかないと思います。小説というのは常に「だから、どうした?」という無理解な問いに曝されています。「長いあいだ、わたしは早く寝むのが習慣だった。」「だから、どうした?」「ある朝、グレーゴル・ザムザが不安な夢から目を覚ますと、自分が巨大な虫に変わっているのに気づいた。」「だから、どうした?」どうしたもこうしたもない。それらがプルーストやカフカにとって「本当に書きたい!」ものだったのです。

 前に学生さんたちにアンケートをとったことがありました。おいしかったもの、うれしかったこと、かなしかったこと、辛かったこと、面白かったこと、悩んでいること、心配なこと……薄荷のキャンディがおいしかった、タコライスがおいしかった、ギョーザがおいしかった。「だから、どうした?」どうもしないけれど、それが本当に感動するほどおいしくて、どうしても書きたいものなら、きっといい小説になるはずです。

 「本当に書きたい!」ものを見つけることが大切だと思います。恋愛小説を書きたい。どうしてその恋愛を小説にしたいのか。あなたにとってそれを書くことがなぜ重要なのか。小説は片暇に書けるものではありません。大切な自分の時間を使って書くのです。読んでくれる人がいるかどうかもわからない。でも、あなた自身はあなたの小説の読者です。この最初の読者を納得させなければなりません。書いてよかったと思わせなければならない。あなたはあなたの小説の、最初の読者であり最後の読者かもしれません。

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