まるごとデザイン

「なぜ?」が起業をつくる。PMF事例/アンダーアーマー

Product Market Fitなんて大企業がすることでしょ?ぼくもそう、思っていました。こっちはひとりではじめてんだから、どうしろっていうんだよ!きっと、そう思われたんではないかと思いますが、でもね、いまどき思いつきで書くわけがありませんよ。今回は、その事例としてアンダーアーマーを検証したいと思います。もちろん、ぼくらラボはこのアンダーアーマーからも多大な影響を受けています。

といっても、ぼくが小さな会社のブランドに興味があって、いろいろ調べているうちにアンダーアーマーが面白いと勝手に検索してデーターを集め、そこから検証していますから、どこかのお偉いかたが書いたものではないのであしからず。

  • 第一部はPMF事例ーアンダーアーマー(今回)
  • 第二部は新興企業のブランドーアンダーアーマー(木曜日)

となります。

■アンダーアーマー
スポーツ用品会社
CEO:ケビン・ブランク
設立:1996年
ワシントンDCの郊外メリーランド州、メリーランド大学の元アメリカンフットボールの選手だったケビン・ブランクさん当時23歳が創業。
本社:メリーランド州ボルチモア

why(なぜその製品を作らなければいけなかったのか)

商品は、どのように生まれるのか?

たとえば、Z世代の生活習慣にはいまこんな製品があったら欲しがらないか?みたいな商品研究をするために、Z世代が求めている価値とは何か、その理解を深めるためにインタビュー調査を繰り返し実施し、そこで得たアイデア・仮説があっているのか、需要があるのかを定量調査で確認していくという方法が大企業がするものらしい。つまり、売る商品を見つけるために、調査とデータを集めているわけです。
しかし、こんなことはひとり会社ではできるはずもない。では、ひとり会社では新しい商品はできないのか?

ひとりのWHYから始まるのではないか?!

メリーランド大学のアメリカンフットボール選手だったブランクは、試合中何度も着替えなくてはならないことをうんざりしていた。ユニフォームの下に着ているコットンのTシャツが汗を吸ってすぐにベタベタと体にまとわりつくからだ。
それに対してパンツの下のコンプレッションショーツは、ずっと乾いたままでサラッとしていることに彼は気がついた。コンプレッションショーツはポリエステル混紡素材でできていた。

「なぜだ?なぜ誰もTシャツを同じ素材で作らないんだろう?」彼はそう思い「これだ!」とひらめいた。
「ショーツと同じ水分を逃す素材でTシャツを作ろう。これは絶対いける。」

彼はナイキやアディダスと言った大企業ですら見逃していたスポーツウェアー市場の隙間に気づいた。

1995年、ブランクは祖母の家の地下室にこもって、誰もつくろうとしなかったTシャツを、つくりはじめた。究極の環境のもとでも汗を逃し、身体に貼りつくことなく機能するTシャツをもとめて、試行錯誤を続けた。1年にわたって最適な素材を求めて、製品テストを繰り返した末、ついに出来上がった完成品は求めた以上の結果をもたらした。

phase1:ブランドを作り出す第一歩、アイデアと専門的知識。
一番大事なのは、顧客にとって、価値があり、違いがあるアイデアかどうかだ。
そしてそれを重要視する顧客が相当数いるだろうか?をしらべる。
また、初期の資金のない時は自分で開発できる、もしくは無償で手伝ってくれる同士がいるかどうかだ。

製品テスト

トップアスリートであったブランクにはNFL、MLB、NCAAのメジャーカレッジなどに多くの友人がいた。製品を試作しては、彼らに手渡し、現役トップアスリートからのフィードバックを受け、改良を重ねていった。

アンダーアーマーの初期は、フロントガラスが割れたフォード・エクスプローラーで国中を走り回っていた時期がほとんどで、10万マイル(地球を4周するのと同じくらいの距離)を超えていました。NFLで活躍していた元チームメイトに会ったり、機材担当者を説得してTシャツを手に取ってもらい、一発で買ってもらえるようにしたりしました。すべてのアスリートをより良くしたいという私たちの情熱と、揺るぎない目的が、初期のお客様が私たちにチャンスを与え、Tシャツを買ってくれた理由だと思いたいですね。

ケビン・ブランク

なぜ、彼は苦しみながら先の見えない、大手メーカーさえも手を出していない分野へ挑み続けたのか?

ケビン・ブランク談
「アスリートにはアスリートにしか理解できないニーズがある。選手の能力を最大限に発揮できるようなウェアを開発したい」

背景には、ナイキ、アディダスなどの有名メーカーは当時から、ファッションシンボルとなっていて、一般の人々の人気を集めていた。
しかし、もっとアスリートの役に立つ、アスリートのためのウエアーがなぜないのか?と彼はそう思っていたにちがいない。

How(どのように認知してもらったのか)

完成したシャツを着た製品テストに参加した友人たちアスリート達は、チームメイトから奇異の眼差しで見られていた。なぜなら『アンダーアーマー』は、当時見慣れないタイトフィットなウェアだったから。しかし練習後、汗びっしょりのチームメイトに対し、『アンダーアーマー』を着用した選手は涼しい顔をしている。

明らかな優位性は多くのアスリートの目にとまり、「俺にも着させてくれ」と、次々その機能性が伝わっていった。最初は抵抗があったタイトなウエアはやがて新しいファッションとしても支持され始める。

会社を設立したこの年、1996年の売上は17,000ドルだった。ケビン・ブランク23歳。

phase2:少数の核となるファンを獲得する
最初のファンはイノベーターと言われる人たちだ。そのTシャツを本当に気に入ってくれれば他人からの目なんて気にしない。自分の思想・基準・価値観で動く人たちだから、奇異の目で見られてもなんともない。
むしろ新しい世界を体験する革新性に喜ぶひとたちだ。イノベーターの人口比率はアメリカでは12%と言われている。(日本では10%)
アンダーアーマーは、一般ユーザーにわき目を振らず、ターゲットをプロ及びアマのトップアスリートの競技者(イノベーター)だけに集中させた。

How(どのように売ったのか)

1998年 NFL(米国アメリカンフットボールリーグ)ヨーロッパでテストマーケティング開始。
すでにアンダーアーマーは米国では選手間でも頻繁に話題になるウェアだったが、新製品のTシャツのテストをNFLヨーロッパで実施。瞬く間にチームの在庫はなくなってしまった。

1999年12月公開映画「エニイ・ギブン・サンデー」の重要なシーンに採用されたのをきっかけに、数々の映画や「プライド 栄光への絆」などのTVドラマの中でも登場し「U」と「A」を組み合わせたロゴは急激にナイキのロゴ、スイッシュと同じぐらい有名になった。

1999年ESPNに初めて広告を出し750,000ドルを売り上げた。

phase3:プロアスリートからそのファンの消費者へ
イノベーターのプロアスリートが実際に着用して、その機能に満足し、その機能を欲しがった他アスリートへの認知を拡大させた。彼らがメリットを感じて使い始めることで、スポーツフリークのファン(アーリーアダプター)などの一般消費者にも、徐々に受け入れてもらうという、“トップアスリート戦略”を展開する。コンプレッションウエア=Under Armourという図式が出来上がる。
イノベーターからアーリーアダプターへと認知させる。

今日のまとめ

ひとりの「なぜ?」がうみだした商品が、ちいさな隙間ならば、その隙間で独占する必要がある。そして、その情熱をつくりだすのが理念だ。とにかくイノベータに働きかけ、そこでイノベーターをよろこばせなくてはいけない。それができない商品ならば先には進めない。

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