片山恭一の小説家になるまでと小説の書き方

小説と純化

 『世界の中心で、愛をさけぶ』という小説について見てみます。物語の主人公はアキと朔太郎です。正確には廣瀬亜紀さんと松本朔太郎くんです。他の登場人物にも大木龍之介くんとか、佐々木さんとか、堀田さんとか、ちゃんと日本人の名前が付いています。つまり作品は「日本」という国、地理的な場所に帰属している。そうした了解のうえに、読者は作品を読んでいきます。自分がよく知っている場所なので、ちょっと安心です。あまり余計なことを考えなくていい。

 これが「銀河の果ての惑星X」とかだと、どういう星なんだろうとか、いろんなことを考えてしまいますよね。『世界の中心で、愛をさけぶ』という作品の場合、読者にそういうことを考えさせるのは賢明ではありません。興味や関心が拡散してしまいますからね。この小説では、若い二人の恋愛というか、気持ちのやりとりの場面へ読者を最短距離で連れて行き、最後までそこに引きつけておきたいわけです。だから読者がよく知っている現実の上に物語を紡いでいく。そのことで物語の背景が透明になります。ストーリーのなかに余計なノイズが入り込まない。

 一人の人物を描こうとしている画家が、背景をあまり細かに描くと、肝心の人物が前景として立ち上がってきません。背景を単純化し、主題となる対象を豊かな色彩やボリューム感をもって描くほうが、絵は生き生きとしたものになります。このあたりのことは、小説を書くときの重要なポイントになります。さらに言えば、この作品では「○○市」とか「○○町」といった細かい地名は出していません。実在の地名として出てくるのは、オーストラリアのケアンズとエアーズロックくらいです。この二つの地名は、作品のなかでは象徴的な意味をもっているので、あえて実名を使っています。その他の地名は削除です。つまりぼくたちが生きている現実に、ある一定の基準でフィルターをかけて、かなりの部分を切り捨てているのです。したがって作品の抽象度は、実際の現実のレベルよりもいくらか高いことになります。そこに視点が固定されています。

「お別れね」と彼女は言った。「でも、悲しまないでね」

 ぼくは力なく首を横に振った。

「わたしの身体がここにないことを除けば、悲しむことなんて何もないんだから」しばらく間を置いて彼女はつづけた。「天国はやっぱりあるような気がするの。なんだが、ここがもう天国だという気がしていた」

「ぼくもすぐに行くから」ようやくそれだけを口にすると、

「待ってる」アキはいかにも儚げに微笑んだ。「でも、あまり早く来なくていいよ。ここからいなくなっても、いつも一緒にいるから」

「わかってる」

「またわたしを見つけてね」

「すぐに見つけるさ」

 アキの病気が悪くなって、彼女が運び込まれた病室で二人が最後の別れの言葉を交わす場面です。作品全体の一つのクライマックスと言ってもいいでしょう。つまり作者がいちばん書きたかった場面ということになります。二人の見ず知らずの男女が出会って、こういった言葉を交わし、気持ちを通い合わせられるところまで行けたら、人と人との関係としては理想なんじゃないか。そういう作者の思いというか、願いみたいなものが、この場面を書かせています。

 ありえないことではありません。ある状況に置かれれば、充分にありえることだと思います。いろんな現実的障害や周囲の人間関係を取り除き、一人と一人の心や魂や気持ちを純粋に取り出したら、こうしたやりとりは可能だと思います。この小説の文庫本の帯に、「一瞬のような一生。一生のような一瞬。」という秀逸なコピーが付いていたことがあります。編集者が考えてくれたものだと思いますが、たしかに「一瞬」にして過ぎ去ってしまう場面かもしれない。実際、小説のなかでも、このあとアキは亡くなってしまうわけですし、引用した場面のような緊迫した隙間のない関係が長くつづくことは、現実的には困難なことでしょう。

 するとキャッチコピーにある「一瞬」というのは、通常「現実」と呼ばれているものを抽象化した、ある種の純粋性ということになるかもしれません。一瞬だけれど、それはありえる。「現実」を純化したところに現れる、もう一つの現実。この小説的現実を描き出すために、いらないものはできるだけ削り取るというのが、『世界の中心で、愛をさけぶ』という作品において設定されている視点であり、この作品におけるフィクションの性格です。

 われわれが狭い意味で「現実」と呼んでいるものに、小説家はあまり重きを置いていないと言いました。「現実」の下には、なにか善いものが隠されている。ただ日常の生活においては、なかなか出会うことが難しい。たまたま遭遇しても、一瞬にして過ぎてしまう。これ以上いいものはないというくらい、儚くも大切なものを取り出し、たしかな実在感を与えるために、ぼくたちは小説を書くのです。そのためにフィクションの力を活用するのです。

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