片山恭一の小説家になるまでと小説の書き方

小説は本当らしく嘘をつく

 小説では最初に設定する視点がとても重要な意味をもつ。この視点は固定(fix)しておかなければならない。これを動かしてしまうと、小説的現実が矛盾をきたし、作品世界が破綻しかねないからね。作者が設定した視点の堅固さが、その小説の世界を支えるんだ。フィクション(fiction)とは、要するに「嘘」だよね。虚構の「虚」に「口」偏を付けると「嘘」という字になるだろう。書き手は、この嘘に最後まで責任をもたなくちゃならないってことかな。

 本当らしく嘘をつく。最初から、「これは嘘ですよ」と言って話をはじめる。そういうところが小説にはあるんだ。なぜかというと、小説家は人が狭い意味で「現実」と呼んでいるものに重きを置いていないからだ。ぼくたちはいわゆる「現実」だけで生きているわけではない。人間の生の奇妙さは現実に還元できないところがある。現実だけがすべてでは窮屈じゃないか、と考えるのが小説家なんだ。現実ではないものに人生の妙味というか、人間の生の汲み尽くせない深さがある。そういうものを描き、作品世界のなかに実在させる。これが小説的な意味でのフィクションということだと思う。

 そのために様々な視点を設定するわけだね。この視点によって、一つの小説的現実を描き出す。だから大事な点は、いかなる目的のためにフィクションが使われているかということだ。さらに言えば、そのための視点の設定の仕方は適切かどうか。その視点は、作者が狙っているものを描き出すために効果的に機能しているかどうか。次回からは具体的に作品を見ていくことにしよう。

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