片山恭一の小説家になるまでと小説の書き方

透明な語り手

 前回は語り手を作品の外に設定したときの小説の特徴について考えてみた。まず一人称の「ぼく」や「わたし」を語り手にする場合よりも、小説の空間がうんと広がる。また『源氏物語』の「葵」を例に見たように、語り手は作品の外側にいながら、登場人物の心のなかを覗き込んでいるような表現があらわれる。こういう書き方は近代的な小説の一つの特徴だ。 前にも言ったと思うけれど、近代以降の小説ではフローベールの『感情教育』のように、語り手は物語のなかに姿を見せないことが一つの理想とされるようになった。この透明な語り手は、透明であるがゆえに登場人物の心のなかにすっと入り込んで、その思考や感情を記述することができる。

 七月のはじめの酷暑のころのある日の夕暮れ近く、一人の青年が、小部屋を借りているS横町のある建物の門をふらりと出て、思いまようらしく、のろのろと、K橋のほうへ歩きだした。  彼は運よく階段のところでおかみに会わずにすんだ。彼の小部屋は高い五階建ての建物の屋根裏にあって、部屋というよりは、納戸に近かった。賄いと女中つきでこの小部屋を彼に貸していたおかみの部屋は、一階下にあって、彼の小部屋とははなれていたが、外に出ようと思えば、たいていは階段に向い開けはなしになっているおかみの台所のまえを、どうしても通らなければならなかった。そして青年はその台所のまえを通るたびに、なんとなく重苦しい気おくれを感じて、そんな自分の気持が恥ずかしくなり、顔をしかめるのだった。借りがたまっていて、おかみに会うのがこわかったのである。(ドストエフスキー『罪と罰』工藤精一郎訳)

 ここでは三人称の客観的な描写が、いつのまにか主人公の内面描写になっている。つまり語り手が登場人物について叙述しているところと、その人物の心のなかに入り込んで直接的に彼の心理を叙述しているところが、スムースにつながっているわけだ。これが近代以降の小説の大きな特徴である。一般的には19世紀になって、さかんに試みられるようになる書き方だけど、それを1000年も前の女性がやっていたというのは不思議な気がするよね。


 『源氏物語』は書かれた当初から話題になり、宮中でとてももてはやされたそうだ。いまで言うベストセラーだね。この作品が人々の興味を惹いたのは、宮中内のゴシップみたいなものが、題材として豊富に盛り込まれていたからじゃないかな。


 『源氏物語』には主語が書かれていないことが多く、原文では誰の行為か判別が難しい。登場人物も、ほとんどの場合「上」とか「君」とか「宮」というふうに代名詞で呼ばれる。葵の上や紫の上、夕霧、柏木といった登場人物の呼称の多くは、後世の読者によってつけられたものだ。「上」は正妻、「宮」は皇族を意味するから、対象人物は限定されるけど、「君」になると貴人や目上の人にたいする敬称で、さまざまな立場の人物にたいして広く使われる。男女も問わないから、研究者でも判断がつかない箇所があるそうだよ。つまり人物Aと解しても、人物Bと読んでも意味が通ってしまうところがあるわけだね。


 そういうものを宮中の女性たちが先を争うようにして読んだのは、誰もが知っているゴシップだったからじゃないかな。代名詞だけで誰のことかわかった。ちょっとほのめかすだけで、なんのことかわかったんじゃないかと思う。最後は話が横道に逸れてしまった。

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