小説家片山恭一の文章の書き方

28 カミュの『異邦人』をめぐって

 今日はカミュの『異邦人』の話をしましょう。有名な小説ですので、お読みになった方も多いのではないかと思います。文庫本で150ページほどの短いものですが、その特徴は全体が二部構成になっていることです。さらに第一部と第二部はシンメトリーといいますか、きれいな鏡合わせの関係になっています。

 まず記述の仕方は、第一部が日記風であるのにたいして、第二部は回顧的です。また第一部では養老院、アパート、海水浴場、事務所、海辺の別荘というように、いろんな場所で話が展開しますが、第二部のほうは主人公が収監されている独房を中心に、刑務所や裁判所といった限られた空間で密室的に話が進んでいきます。こんなふうに何から何までが対照的なのですね。

 主人公のムルソーは三十歳近い独身のサラリーマンで、アルジェの下町に住んでいます。この主人公が母親の死を知らされ、埋葬に立ち会うために養老院を訪れるところから物語ははじまります。門衛に迎えられたあと、彼は院長の部屋に通される。しかし死者の顔を見るのを断り、通夜では居眠りをしてしまう。葬儀の翌日、アルジェに戻ったムルソーはマリイという女性と再会し、一緒に泳ぎに行ったりします。夜は二人で映画に行き、そのまま女性は彼の部屋に泊まる。

 ムルソーのアパートには、元情婦とのいざこざを抱えているレイモンという、ちょっと素性の悪い隣人がいます。この男のトラブルに巻き込まれるかたちで、ムルソーはアラブ人を殺してしまう。ここまでが第一部です。母親の死からアラブ人の殺害の場面まで、8日間の出来事が時間に沿って描かれます。カミュらしい生き生きとした文章で、美しい描写も多く、ぼくはとくにこの第一部が好きですね。

 第二部は、ムルソーが留置所にいるところからはじまります。裁判の様子が描かれ、死刑判決が下され、御用司祭とのやり取りがあって、主人公の処刑の直前で終わる。一年近いあいだの出来事が、思索的、内省的に叙述されていきます。この第二部が恐ろしいのは、第一部で描かれた些細な出来事が、裁判の過程で殺人という観点からとらえ直されていくことです。

 最初はムルソーの弁護士も裁判について楽観しています。執行猶予が付くだろうくらいに高を括っている。ところが裁判が進んでいくなかで、主人公が母親の死に顔を見ようとしなかったこと、通夜で居眠りをしたこと、タバコを吸ったこと、喪中だというのにガールフレンドと泳ぎに行ったこと……などが裁判官と陪審員の心証を悪くしていって、最後にはムルソーを死に追いやります。つまり第一部で何気なく叙述されていた平凡で意味のなさそうなことが、第二部では裁判のなかで罪の証としての意味をもってくるのです。

 この『異邦人』における第一部と第二部の対比は、ぼくには文学の言葉と法の言葉という対比のように思えます。次回はそのお話をしましょう。

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