丸山泰武のぼくが福岡でフリーライターをやっているわけ

よいしょする

ライター9

 そのころのぼくは、チェーンストアの機関紙に掲載されていた、4つのコーナーを担当していた。ひとつは例の店舗紹介のページ、それから本と音楽のページ、九州内7県のイベントをリサーチしてその概要紹介をするページなんていうのもあった。巻末に掲載していた、さまざまな趣味を楽しんでいるサークルを取材するというページも持っていた。どの企画が魅力的だったかといえば、やはり会社を離れて取材に出かけられる店舗紹介やサークル紹介のコーナーだった。けれどもいまになって考えてみると、一見するといかにも地味な、本と音楽のページやイベント紹介のページもまかせてもらってよかったと思う。音楽に関しては、CDタイトルをチェーンストア側が決めていて、選曲する必要はなかったのだが、歌謡曲もポップミュージックもロックンロールも、とにかくあらゆるジャンルの音楽アルバムの紹介文を、まさにライナーノーツでも書くようなつもりで原稿にしたものだ。もちろん、おすすめしないといけないから、たとえばそれが、退屈で売れそうにない歌謡曲であっても、何らかのセールスポイントを探し出すことが“使命”だった。仕事でなければ聴くことはないであろうと思われる作品を“よいしょ”するのは、最初は「何だかなあ」という感じだったのだが、そのうちある種の快感さえ覚えてきた。いや、本当に。


 本に関しては、ぼく自身が書店で新刊を探してきて、おすすめ文を書くという流れだったが、ジャンルが偏らないようにしてほしいと言われていたので、書くよりも選ぶ方でなかなか苦戦した。当時、売れ始めていた吉本ばななから盆栽の本に至るまで、結構、時間をかけてセレクトしたものだ。本の紹介文に関してはちょっとした思い出話しがある。たしか誰かの小説だったと記憶しているが、ぼくが書いた文章をワタナベさんが見て、「ねえ、丸山くん、この本ってそんなにおもしろいの?」と、なぜかびっくりしたような顔をしてたずねたことがある。「いいえ、ちっともおもしろくありませんよ」とはもちろん言えなかったのだが、ぼくは原稿を書く回数を重ねるたびごとに、“よいしょ”の腕をあげていたのではないだろうか。ワタナベさんにしてみれば、そんなぼくの増長をたしなめるつもりで、わざわざ声をかけてくれたのかもしれない。もしかすると前世でぼくは太鼓持ちでもやっていたのではないだろうか。そんなことさえ考えた。


 そしてイベント紹介のページも経験しておいて本当によかったと思う仕事だった。もちろん、いまならそんなリサーチなんて、インターネットを活用すれば、実に短時間で効率よく結果を出せると思うのだが、まだスティーブ・ジョブズも独身のころだ。地道に各市町村の観光課、もしくは商工観光課に電話をかけて、おもしろい催しがないか聞いてみるしかない。ある程度のアタリこそ、情報誌や新聞をつぶさに見るなどしてつけてはおくのだが、結構な時間が必要になる作業だった。ぼくにしてみれば、知らない人に電話をよこすということ自体が苦手だったし、写真や資料を送ってくれと頼むと、「それでは企画書をお送りください」と言われることも多々あって、そういうときは気が滅入った。