丸山泰武のぼくが福岡でフリーライターをやっているわけ

取材と撮影

ライター8

 秋が深くなって、けやき通りの木々が色づいてきたころだった。ぼくは初めて「取材に行ってくれない」とワタナベさんに言われた。そのころP社はとあるチェーンストアの機関紙を制作していて、その中にある各地の店舗紹介のコーナーを持ってくれないかとのことだった。「はい、わかりました」とぼくは短く答えた。「ただね」とワタナベさんは言った。「あんまり予算がないから写真も撮ってもらわないといけないんだけど大丈夫かな」「はあ、たぶん大丈夫とは思いますが」「そうだよね、確か丸山くんは大学のころ、放送局でアルバイトしていたんだよね」。それは本当のことだった。ぼくは福岡の某放送局で報道カメラマンの助手をやっていた。だから取材のことなら大体のイメージを描くことができたし、何をやるべきなのかも少しは想像がついた。ただ、問題は写真だった。ムービーの撮影ならば多少の知識はあったけれど、スチールカメラでの撮影経験はなかったからだ。


 というわけで、その日からぼくはカメラの扱い方をワタナベさんから教えてもらうことになった。「あのね、雑誌の場合はネガフィルムじゃなくてポジフィルムを使うんだよ。ポジフィルムは知っているよね」「はい、入稿のとき見ていましたから。要するにスライドフィルムのことですよね」「そういうこと。ただね、リバーサルフィルムともいうんだけど、このポジっていうのがネガと若干扱い方が違っていてね、撮影するときに気をつけないといけないことがあるんだ」「面倒な話ですか?」とぼくはたずねてみた。「いや、丸山君はカメラマンじゃないから、2つだけ覚えておけば大丈夫だよ。ひとつはね、露出。最低でも適性露出の前後2絞りくらいは押さえておいて欲しいんだ」「前後2絞りですか」「そう、だから同じ被写体を最低3コマ分撮影することになるね」「なんかもったいないですね」「まあ、そういう考え方もあるけど、それはポジの性質上仕方ないことだから気にしなくてもいいよ」。ここで好奇心旺盛な性格であれば、おそらくどんな性質なのかをたずねると思うのだが、ぼくは一度に多くのことを覚えられないこともあり、「はあ…」とだけ答えた。「それから、蛍光灯の下では必ずフィルターを使うようにしてね」と言って、ワタナベさんはカメラバッグのなかから、紫がかった色のついたフィルターを取り出した。「これ、こいつをカメラのレンズにくっつけて撮るようにね」「わかりました」「実はね、蛍光灯の色っていうのは白色じゃなくて紫がかった色なんだよ。人の目はそれを自動的に補正できるけど、ポジにはそれができない」「はあ…」「以上、2つのことだけ覚えておいて」「はい」


 ライターとして初めての取材だったというのに、訪れた店舗がどこだったのかは一切記憶にない。店長と名刺を交換し、商圏のこととか、売り場の特徴であるとか、地域のおでかけ情報などを聞いて、店内と外観をワタナベさんに言われたとおりの要領で撮影する。後は話の中で出てきた地域ネタを取材して会社に戻るのだが、ぼくは文章を書くことよりも、ちゃんと写真が撮れているのかが気になって仕方なかった。いまのデジタルカメラと違って、現像するまでは結果がわからない。そっちのほうがドキドキした。