以前、高校生を相手に、いろいろな職業のプロが、その仕事内容のことや、どうやったらその職につけたのかなどを教示するというイベントがあった。知り合いに頼まれて、ぼくは「ライター」というパネルがついたブースに座っていたのだが、基本的に若い人たちに教えることなどなくて、「やれやれ、困ったなあ」という感じで、座り心地の悪い硬い椅子の上で“お客さん”が来るのを待っていた。
といっても、ニヤニヤしながら「ライターって、あの火を付けるライターですかあ?」などという、冷やかしがほとんどで、本当にライターになりたいなんていう気徳な子は、ほとんどいなかった。それでも少しだけ、「ライター志望なんです」という学生さんもいるにはいた。いるにはいたから、ぼくはありのままを彼女、彼らに告げた、というか告げるしかなかった。
「あのね、手っ取り早いのは、ライターって肩書きの名刺をつくれば、あなたたちはその日からライターになれるよ」とぼくは言った。「ええ、そんなものなんですか?」とお客さん。「そう、別に資格試験があるわけじゃないからね。ただし、福岡は東京とは違って、仕事が限られているから、とにかくなんでも書かなきゃならない。雑誌でも広告でも“ここに必要な文字を書いて”という依頼がきたら、ニッコリ笑って『ありがとうございます』と言う。これが基本ですね」
まあ、半分は冗談だけれど、半分は本当のことをぼくは真面目な顔をしてしゃべった。ぼくがライターにどうしてなったのかということを、ぼんやりと思い出しながら。
「あのさあ、ちょっとアルバイトやらない?」と友達が言った。ぼくはその頃、ある会社を辞めたばかりで(入社から2週間で)、文字通り無職だった。かれこれ30年ほど前の話になる。「何の仕事?」と僕は彼に聞いてみた。「なんかね、ライターを探している会社があるんだって。うちのボスがそう言ってた」。彼はあるカメラマンのアシスタントをしていたのだが、そのボスがお得意さんに人探しを頼まれたということだった。「おまえに向いていると思うんだけどな」「なんで?」とぼく。「だってさあ、おまえって作文上手だったじゃない。いまだってバンドの作詞やってるし」とたばこの煙を吐きながら彼は言った。「そんなので雇ってくれるかなあ?」「大丈夫じゃない、まあ知らんけど」
ライターになる最初のきっかけは、確かそんなふうにやってきた。けれどもまさかそれが、ぼくの一生を左右する出来事になるとは、あたりまえのことだが、そのときは思いもしなかった。