小説家片山恭一の文章の書き方

44 長く残る言葉

 長い年月を経て生き残っている言葉があります。たとえば『聖書』や『コーラン』、日本でいえば親鸞の『歎異抄』などがそうでしょうか。長く生きつづける言葉とはどういうものでしょう? ここではシンプルに、「人を元気づける言葉」と考えてみます。生きる力を与えてくれる言葉ですね。『聖書』の言葉は2000年にわたって人々を元気づけ、生きる力を与えつづけてきました。フランス革命の「自由・平等・友愛」もそうです。この高邁な理想を実現するために、200年の及ぶヨーロッパの近代はあったと言ってもいいくらいです。

 しかし時代は移り、状況は変わりました。いま「神」という言葉を口にすると、ただちに殺し合いがはじまります。ローカルな圏域だけなら大きな問題はなかった。しかしグローバル化によって相互の交流が起こるようになると、「ゴッド」と「アッラー」のように神さまどうしがそこかしこで衝突するようになる。それぞれが自分たちにとっては絶対的なものだから、お互いに相手の言い分は認められない、というふうにして「神」という言葉は行き詰まっていると思います。

 人権思想も同じです。イスラエルがパレスチナにたいしてやっているようなことが、現在の自由・平等、それに友愛の姿です。同胞の自由を守るために敵を監視する。何か不穏な動きがあれば再起不能なまでに痛めつける。もともと「自由・平等・友愛」が通用するのは一つの国家の内部だけです。人権は「国民」というフィクションを前提にしないと成り立たちません。この虚構が内からも外からも決壊しつつある。イギリスのEU離脱もヨーロッパの移民・難民問題もアメリカや日本で顕著に見られる中間層の没落も、大枠ではそのようにとらえることができるでしょう。

 2000年にわたり人々を元気づけてきた「神」も、200年にわたり人々に生きる力を与えてきた「自由・平等・友愛」も、いまや賞味期限が切れつつあります。「神」や「自由・平等・友愛」にかわる新しい言葉、この先の何百年か人間を元気づけ、うずくまっている人に生きる力を与える言葉をつくる必要があります。

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