小説家片山恭一の文章の書き方

42 小説の免疫機能

 小説を書くことは脳の働きよりも免疫機能に似ているかもしれません。免疫というと異物を排除する、というふうに思われがちですが、ほんとうはそうではなくて、免疫系のまなざしは自己に向けられているのだそうです。この自己がウイルスに侵入されるなどして非自己化すると、免疫反応が起こって、非自己化した自己を攻撃して排除してしまうというわけです。

 小説のまなざしもこれと似ています。見つめているのは自己です。自分のなかに起こる変化、非自己化に微妙に反応して言葉を発する。これが文学というシステムだと思います。ぼくたちは毎日を生きていくなかで常に変容し、多様化していきます。こうした変化をみつめているのが文学のまなざしです。そこが政治経済のまなざしとも自然科学のまなざしとも違う、文学の特徴的なところです。

 ぼくたちの自己はさまざまな契機、無数の原因によって変化していきます。たとえば社会に出て仕事をすることで変わっていく。人と出会うことや、病気になることでも変わっていく。自分や自己は確固とした固定的なものではなく、人か事象かを問わず、大小の出会いによって常に変化しつづける、流動的かつ行動的なものと言えるでしょう。

 このように変化しつづける自己をみつめる、もう一つのまなざしをもつことは、生きていることを楽にしてくれると思います。たとえば病気になったとき、病んでいる自分を見守るもう一人の自分をもつことは、病むという状態にある者を楽にしてくれます。ぼくなどは夫婦喧嘩をしながら、これをうまく小説に使えないかな、などと思っていることがあります。そう思ったときには、もうその場から離れている。現場から身を引いて、喧嘩をしている自分とのあいだに少し距離ができます。日常的に小説を書いていると、このような距離をつくり出すことが癖になって、暮らしの息遣いを少し楽にしてくれる気がします。

ぜひ!SHARE