丸山泰武のぼくが福岡でフリーライターをやっているわけ

離島の取材にて〜仕事の楽しみ1

ライター18

 楽しみといえば、これはライターに限ったことではないけれど、いろいろな場所に取材に行けるのはある種の“特権”ではないだろうか。二度と行くことがないような街や、特別な許可がないと入れない工場の中など、情報を得るという名目さえあれば、たいていの所は出入りができる。もちろん、取材が終われば自由行動が許されるから、おいしい酒を飲んだり、各地の珍味にありついたりといったチャンスもたくさんある。例えばカメラマンのハマちゃんと行った、鹿児島県の離島ではこんなことがあった。


 当時はインターネットなど影も形もなかったから、記事をつくり上げるための情報を集めるとなると、役場の観光課などに問い合わせることがほとんどだった。もちろん、先方は地元のP Rになるから、たいへん協力的で、ときには職員の方が、現地を直接案内してくれることさえもあった。その離島に行ったときがまさにそうで、なんと観光課からふたりのスタッフが案内役として同行してくれた。おかげで、有名な場所はもちろん、穴場に至るまで、ぼくがあらかじめお願いしていた場所を、次々とガイドしてくれて、割と早い時間に撮影も完了した。「本当にありがとうございました」とぼくたちは感謝の気持ちを伝えると、「いえいえ、役に立てたかどうか。とにかくいい記事を書いてくださいね」と彼らは答えた。そして「もし、よかったら夕食をご一緒しませんか?」というお誘いまで受けた。これにはハマちゃんが素早く反応して、「いいですねえ、ぜひ」と答えた。


 というわけで、ぼくらは「ご一緒」することになったのだが、待ち合わせをした店に着いて程なくすると、先ほどのふたりばかりか、役場の人が総勢6名ほどやってきた。そしてすごかったのはここからだ。テーブルにそれはそれは大きな杯が用意され、その中に一升瓶の焼酎が2〜3本ほどドボドボと注がれた。そして「この島ではこれを回し飲みするのがしきたりなんです」と説明をされ、グビグビと飲んでは隣へ、飲んでは隣へという恐るべき光景が繰り広げられた。当時のぼくはあまり酒には強くなかったので、そのうち気分が悪くなってきた。沖縄の方ではオトーリと呼ばれるひとつのもてなしであるらしいのだが、ぼくは途中で眠気に襲われて横にならざるを得なくなった。


 それから何軒かのお店をはしごしたのだが、はっきりしたことは覚えていない。ただ、最後に行った店で、『ヤギ汁』をごちそうになったのは強烈な思い出で、「これを飲んでおけば二日酔いになりませんよ」という役場の人の言葉を信じてありがたくいただいた。おかしなことが起きたのはその翌朝のことだ。ぼくは誰かがドアをどんどんと叩く音で目を覚ました。時間はまだ5時前くらいだったと思う。ドアを開けるとハマちゃんが朝の光を浴びながらぼくに言った。「ごめん、早起きしたのはいいんだけど、鍵を閉じ込めちゃったみたいなんで、ちょっと入れてくれる? 宿の人もまだ起きていないみたいで」。ぼくは「いいですよ」と言って彼を見たのだが、その右手にはしっかりと部屋の鍵が握り締められていた。「ハマダさん、それ」というと、彼は状況を理解したようで、ちょっと照れ臭そうに笑った。あれはきっとヤギ汁がもたらした効果というか副作用に違いないとぼくは思っている。なぜならぼくもまったく酔いが残っていなかったし、早起きしたわりにもう活動できそうな勢いだったからだ。


 取材に行くと、こんなことも体験できますよという一例だが、その後もぼくは(たいていの場合はアルコールが原因になっているが)いくつもの珍道中を繰り広げることになる。まあ、それはそれとして、何事も楽しんだ方が勝ちではないかとぼくは思う。