ぼくが福岡でフリーライターをやっているわけ

読書トレーニング

ライター7

 ところでぼくはほとんど本を読まないという話をしたけれど、大学に入ってから若干は活字を追う生活を取り入れてはいた。動機は忘れてしまったが、実家がある大分から福岡に出てきて、しばらくの間は三島由紀夫の小説を読んだ。ジョン・レノンを殺害したマーク・デイヴィッド・チャップマンが、凶行に及んだときにポケットに入れていた『ライ麦畑でつかまえて』もそういう意味で興味があったので入手した。幸いぼくの場合は、殺人こそ犯さなかったけれど、ある種の若い人間が罹患(りかん)する“サリンジャー・ショック”に陥った。野崎孝の訳文に深く飲み込まれ、ナインストーリーズをはじめ、グラース・サーガなども本棚に並べることになった。『ライ麦畑』に至っては、『THE CATCHER IN THE RYE』のペーパーバックも買った。世の中のすべてがインチキに思え、厭世的(えんせいてき)にさえなったものだ。


 そして村上春樹、この作家もきっかけはすっかり忘れてしまったが、『風の歌を聴け』というデビュー作にたまたま出会い、『ノルウェイの森』くらいまでは熱心に読んだ。また、そのことで、彼が翻訳したスコット・フィッツジェラルドやトルーマン・カポーティー、レイモンド・カーヴァーの小説にも惹かれることになった。これはまた後で触れようと考えているが、おかげでぼくの文体はある時期まで村上春樹に似ていると言われ、ちょっとした嫌味を言われたことさえある。けれども、まあ、それは読書量が圧倒的に少なかったから、必然というか、影響を受けざるを得なかったわけなのだが。


 もっとも、あなたがもし本当にライターになりたいと思うのなら、やはり読書は欠かせない“トレーニング”になると思う。できるだけたくさん読んだほうが身のためだ。なんと言っても語彙が豊富になるのがいい。語彙が豊富になれば、それだけ表現の幅が広がるし、表現の幅が広がれば、自然とどんな依頼が舞い込んでも対応するだけの力ができる。要するに守備範囲が広くなるわけだ。もちろん、語彙の問題だけではなく、知識や視野を広げてくれることも相当な強みになる。特に福岡でライターをやる場合には、広告や雑誌の分業がそれほど進んでいないから、どんな仕事がきても「できません」などとは言えない。そうしないと、すぐに兵糧が尽きてしまい、転職を考えざるを得なくなるだろう。


 とにかくぼくには誇れるだけの読書量はない。それでも何とかライターをつづけていられるのは、ある意味奇跡的だとも言える。ただ、いろいろとラッキーだったことは否定できない。P社に入ってワードプロセッサで例の“写経”をやったことも、ワタナベさんに“指導”してもらったことも、『太陽』を読みあさったことも、すべてがいまにつながっている。「いいか丸山」と後に上司になった人から言われたことがある。「運も実力のうちって言うけどな、あれ、ホントだから。覚えとけ」。99%の努力がどうのこうのなんていうけれど、それは成功した人が言うことであって、少なくともぼくには響かない。「そんなのインチキだよ」。サリンジャーならホールデン・コールフィールドにそう言わしめるのではないだろうか。

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