まるごとデザイン

ブランドを表現できるデザイナーは生き残れる

今回は職業としてのデザインについて書いてみようと思います。
昔、ぼくが若かった頃は憧れの職業だったりしたのですが、職業としてのデザイナーはこのままだと昔の写植屋さん(文字を写真で印画紙に焼いたものですがDTP出現でオワコンになりました)のように消えてなくなる職業かもしれません。ここで言うデザイナーというのはグラフィックデザインのレイアウトをしている人を指します。

ソフトウェアがAI化されてポール・ランドやソール・バス風だとか田中一光風だとか、去年売れたレイアウトだとかそんな感じのものを選んでオペレーターが文章と写真を入力して「制作」と言うボタンをクリックすればそれなりのレイアウトができてしまう。それをデザイナーがフィニッシュして完成する。アートディレクターがそれを見て今回はこれで行きましょう!みたいな感じでプレゼンテーションしてOKが出れば修正して終わり。最終的にレイアウトを整える役割がデザイナーになるというわけです。この場合オペレーターはデザイナーではありません。

まあ妄想かもしれませんがこうなる確率も意外と高いのではないかと思っています。
一昨年青山学院大学でシンギュラリティ研究所の立ち上げを手伝わさせていただいた時にいろいろ分かったことはAIによって画像とビッグデータの利用はあらゆる分野で自動化が促進されるということです。
顔認証による自動広告などは最たるもので広告によって消費者は欲望を刷り込まれて行きます。果たしてこのような時代にどこまでデザインのクオリティを要求されるでしょうか?合理的なビジネスにとって自動化は必然だと思います。

では本当にデザイナーはリストラされるのか?
今からデザイナーを目指そうとする人はどうなるのか?
その辺りを考えてみたいと思います。

そもそも広告はなぜ必要なのでしょうか?デザイナーはなぜ必要なんでしょうか?

クライアント(供給者)の「どうやったら売れるのか」「どうしたら集客ができるのか」という要望に応えるためですよね。
つまり販売を促進する仕事です。販売は、顧客(市場)に対するマーケティング、商品に対するイメージマーケティングの2つが融合し溶け合って実行されるのですが今回はデザインの話なのでこのイメージマーケティングを少し詳しく見てみます。

イメージマーケティングは
1.パッケージ
2.ネーミング
3.ストーリー
4.それらをまとめて表現する広告制作物からなります。
多くのクライアントは「一度食べてみれば違いがわかる。一度使ってみればうちの商品の凄さは伝わるはずだ」と言いますよね。
でもそもそも見た目がダメだったらお客は食べたいとも思いませんし、どんな器に盛り付けるかで、商品の価値は大きく変わります。たとえ最高額の素材を使っていてもこだわり抜いたとしても、ボロいセンスのないお皿に盛り付けたのではどんな努力も意味もなくしてしまうのです。
つまり見た目をおろそかにしたら手にしてもらう(売れる)チャンスは来ないわけです。

このイメージマーケティングを請け負うのがデザイナーの仕事です。パッケージ、ネーミング、ストーリーを包み込むイメージを作り出さなくてはいけません。デザイナーというのはレイアウトをする人ではなくいろんな要素を考え合わせ、なにもないところからビジュアル化して消費者が手に取る環境を作る仕事なのです。脳で考えた企画を表現する表現者です。
こんな表現をAIができるまでには何年かかるかわかりません。とても神秘的な人間の謎の部分なのではないかと思います。

つまりブランドを表現するような素晴らしい表現者はAIの時代になればなるほど変わりのきかない人として大事にされると思います。単に価格を訴求するチラシなどは、AIを乗せたソフトウエアーで十分な時代になるように思えます。職業名は同じかもしれませんが、今から生き残るデザイナーというのはこのような人だとおもいます。

このようなセンスや表現できる力を身につける、教育のメソッドがいま日本で求められているんでしょうね。でも教育で身につけられるのかな~って、無理のような気もします。

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