まるごとデザイン

住むためのデザイン

生活の中のデザインで僕がとても興味をもっているのが、住むところのデザインです。
生活のすべてのベースになるところだからです。生涯で一番高い買い物、これをどうするかによって、ライフデザインが大幅に変わります。

コンセプトは、人生はなんのためにあるのか?幸福ってなんなの?です。
考えるデザインです。

いままでの世の中だったら、いい大学に入り、大きな会社に入社し、生涯その会社で働く。で、マイホームを手に入れて定年までにローンが終わり終活に入る。ほとんどの人は疑うことなくこのライフデザインを追従してきたわけです。
そんな時代の広告コピーは「素敵な家具やインテリアに囲まれながら、理想の住まいで暮らしたい」みたいな感じです。

でも、冷めた目で見ると現代版年季奉公とも言えます。
マイホームに自分の生涯の給与の30%から50%を使い、30年以上住もうとすればさらにメンテナンスに1000万円から2000万円はかかってしまう。何があっても休むことなく働き続けなくてはいけませんし、見かたによってはまるで働くことを強要されているかのようにも思えます。
ああ~嫌だ!って投げ出すわけにもいかない。しかも、おそくても10年後には、AIによって働き方が大きく変わるのは確実です。もしかしたら会社から追い出されるかもしれません。大きなお世話でしょうが、こんなときにマイホームを建てるのはどうなんだろうって心配になります。

Living Big In A Tiny House(小さい家)

一部の若い世代で最近、本当にそんな家が必要なのか、大きな家であることは住む人を幸せにするのだろうか、といった新しい気づきが生まれています。
AIによって働き方は大きく変わると言いましたが、Webで東京ともつながった状況だと土地の安いところで、小さな家を借金もそんなにしないでローンを何十年も組まなくっても自分の家を持てる。
都会では中古マンションをきれいにして、気に入った家具にお金を使って楽しく住む。新築を買うより断然お金もかからないし、豊かさも上がっていく。
モノを持ち過ぎず、シンプルに暮らすというミニマルな暮らしが支持され浸透し始めています。

どちらが良いというわけではないですが、モノを通してその人の幸せの価値や種類を知ることができます。自分や家族の「幸せってなに?」を知るために「住まい」を考えるとわかるかもしれません。もしかしたら人生のセッティング・ポジションがずれているかもしれませんよ。

最後にぼくが思うに、住まうところを購入するのが人生の目標になったらおもしろくないなーって思います。コルビュジェが「家は住むための機械である」と言っているように、しょせん家は住む道具って考えると、その道具を買うための人生なんてありえないわけで、道具を買ったら身動きできなくなったってことは本末転倒ですよね。人生いろいろ、家もいろいろです。

この窓から見れる景色って最高だね。
この花の生け方いいね~。
なんて感じで、すごく良い暮らし方ができればかっこいいと思います。

ぜひ!SHARE