連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第三章

3-8

 無統制に乱掘されることを防ぐため、県は炭坑が分布する四つの郡に行政指導をおこない同業組合をつくらせた。そのため産炭地域のことを、このあたりの者は四郡と呼びならわしている。
「鉱山で働いとる連中は、勘定日に給料を受け取ると、そのまま町へ繰り出して酒や女に夜を徹するいう話じゃ」事情に通じているらしい仁多さんは言った。「独り身の者も多いのやろう。町には怪しげな商売女もたくさん来ておる。栄町のへんは、まるで特飲街やが。源さんもひょこひょこ出かけたらひどいめにあうぞ」
「あんた、行ってきたんか」その源さんがもっともな問いを向けた。
「特飲街ができると、かならずヤクザが入ってくる」仁多さんは聞こえなかったふりをしてつづけた。「そうして町を仕切るようになる」
「わしが言うのも、そのことよ」岩男さんが我が意を得たりという顔で頷いた。「博打もはやる」
「サイコロか?」源さんがたずねると、
「昔から男はサイコロ、女は花札と相場がきまっとる」岩男さんが吐き捨てるように言った。
「どっちにしても、なんとかせなならんの」仁多さんが話を引き取った。
「山の神さまに頼んでみちゃあどうかの」源さんが言った。
「なんと頼むね」
「はようエランが掘り尽くされて、あの人らが出ていってくれますようにいうのはどうかの」
「だがエランは国の大事なエネルギー資源やけんな」仁多さんが言った。
「いくら大事なエネルギー資源でも、村を壊されてはかなわん」岩男さんが口調を険しくした。
「せめて村には、ああいう連中を入れんようにすることよな」そう言って、仁多さんは健太郎の父のほうを見た。
「茂さんとこの牛を襲った野犬のこともあるし、今年はいろいろと頭の痛いことが重なるの」父親は表情を曇らせたまま切り上げるように言った。

 山頂の神社の近くに健太郎がはじめて目にする権現滝がある。切り立った褐色の岩壁を、水は垂直に勢いよく落ちている。水しぶきのかかるところに深緑色の苔が生えていた。春先に雨がつづいたせいか、かなりの水量があるようだった。高さ数十メートルの断崖を落下する滝も、やはり御神体とされていた。農耕のための水をもたらす水源であることから、古い時代より村の人々の信仰を集めたのだろう。

8/10

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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