連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第三章

3-5

 この小さな輪のなかで、人々は生まれ、死んでいくのだ、と健太郎は思った。なんだか恐ろしい気がする。輪から一度も外に出ることなく、一生を終わる人もいるだろう。昔はそういう人のほうが多かったのかもしれない。地上のごくわずかな場所しか知らず、そのわずかな土地を耕し、暮らしを営み、子を産み育て、やがて年老いて死んでいく。
 そんな暮らしを先祖たちは、何百年ものあいだ同じように繰り返してきた。出ていきたいとは思わなかったのだろうか。どこか別の場所で暮らしたいとか、違う世界を見てみたいとは思わなかったのだろうか。自分には到底耐えられそうにない。小さな輪のなかで一生を終えることは、せっかく与えられたものを少ししか活かしきれないことのようにも思えた。
 父はどうだろう? そんなことを考えなかっただろうか。ここから出ていきたいという、強い思いに駆られることはなかったのだろうか。たずねてみたかったけれど、それを口にすることは父を傷つけ、悲しませる気がした。こんな疑問を抱くだけでも、すでに不実をはたらいているような後ろめたさをおぼえている。
 一方で、父を裏切り、否定したいという気持ちが心の奥底でうごめいていることにも、健太郎は気がついていた。いつか自分は、この父から目をらしたいと思うかもしれない。父だけでなく、父の背後にあるものまで容認できなくなる日が来るかもしれない。それもまた恐ろしいことに思えた。
「あんなに木を伐っては地滑りが心配だの」近くの石に腰を下ろして煙草を吸っている仁多さんが心配そうに言った。
 健太郎たちのいる南側の尾根と、北側からつづく尾根が出会ってせり上がったところが、お山の頂にあたる。方角的には東のお山を水源として、南北の尾根のあいだを一本の川が深い谷を刻んで村のほうへ流れている。その川を隔てた山の斜面で、鉱石の採掘は進められていた。ここからだと、ちょうど正面に俯瞰する位置になる。
 幾つも掘られているはずの坑道は、さすがに遠くて見えないが、急斜面に生えていた木々は広範に伐採され、あたり一帯が禿山になっている。土を削って平にされた場所には、坑夫たちが寝泊りするための木造の建物が何棟も建ち並んでいた。
「あのあたりの森には手を入れちゃならんのだが」仁多さんは気がかりな口ぶりでつづけた。「大雨でも降りゃあ、根の浅い杉や檜の植林地はいっぺんに流れてしまう」

5/10

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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