連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

エピローグ

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epi-6

「子どものころにはブロッコリという野菜の名前さえ知らなかったのにな」いまは昔の気分で言うと、
「シカやイノシシの対策が面倒なんで手広くはしとらんが、わし一人が暮らしていくぶんにはこれで充分なのよ」武雄は現実的な話をした。
 そう言われてみると、野菜をつくっている畑は網で囲って獣が入れないようにしてある。
「わしはカネはいらん」と武雄は言った。「もともとカネのかからん暮らしをしとるけんな。無理して儲けるよりも楽なのがええ」
「七十過ぎて一人でよくやっとるよ」感心するというよりは呆れた口ぶりで豊がつないだ。
「できれば若い者を入れて水田を復活させたいと思うが、なかなかええのが見つからん」まるで息子の嫁でも探すような口ぶりで言って、武雄は広い農地に目を向けた。
 その夜は武雄の手料理で懐かしい味が並んだ。ゼンマイの油炒めや筍の煮付けなどは、子どものころから馴染みの料理だった。山菜の天ぷらは街で食べるものよりも香りが強い気がした。
「あとで豚を喰わせる」
 武雄が飼っている自慢の豚らしかった。二十軒ほどの都会のレストランに卸しているという。
「土を踏んで育つから筋肉がつく。おまけにノンストレスで味がええ」酒の入った武雄は昼間に比べて雄弁だった。「普通の豚は人間でいえば高校生くらいで肉にされてしまう。豚舎の飼育環境は県が定めておって、一頭あたり○・八から一・二平方メートル。しかもコンクリートの上ばかりで草を食べたことがない。豚舎で育った豚で体重が百五十キロを超えたものは、ストレスで肉が不味くなって喰えたもんやない。それで半年ちょっとで出荷してしまうのやが、わしのとこは一年三ヵ月から一年半で出荷する。成人の豚やけん味もしっかりしとる」
 その自慢の豚は、塩と胡椒で焼いただけのシンプルな料理として出てきた。たしかにこれまでに食べたどんな豚よりも味がいいと健太郎は思った。
「キロ三千円からの値段が付くらしいで」豊が言うと、
「東京あたりのレストランじゃあ、とんでもない値段になっとるぞ」武雄も上機嫌にかぶせた。
 さらに三人は酒を飲みつづけ、一升入りの焼酎が半分ほどになったころには、それぞれが感傷的な気分になっていた。
「どうも戒名というのは馴染まんな」豊がいくらか酔った口調で言った。「とくに昔の友だちが戒名になってしまうとヘンな気がする」
 墓に立ててあった卒塔婆を健太郎は思い浮かべた。享年七十二となっていた。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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