連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

エピローグ

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epi-5

「うちもしばらく東京に出とったことがあるんよ」と彼女は言った。「すぐに帰ってきてしもうたけどね。地面が息しよらん気がしたんよ。高いビルばっかりで、地面はコンクリートやろう。どうやって息するんやろう思うて、うちまで息ができんような気になってしもうた。あんなにコンクリートで塗り固めてしもうたら、死んだ人はどこへ行くんやろう。どこへも行かれんし、帰ってくることもできんのやないかね。草葉の蔭とか草の露とか言うやろう。草も生えんような都会では、死んだ人はどうなるんやろう。そんなことを考えとるうちに、東京で暮らすことができんようになった」
 清美は小さく笑ったようだった。二人で窓辺に立って外を見ていた。宴会が開かれている広間を出た廊下の途中だった。やがて雪が降りはじめた。
「積もるかな」彼が言うと、
「積もるやろうね」清美は当然のように答えた。
 雪はしだいに本格的な降り方になってくるようだった。帰りの路面の心配をしなければならないと思った。宴会はつづいていた。それにしては静かだった。廊下には誰も出てこない。前にもこんなことがあった気がした。二人で並んで雪を眺めていた。本当の記憶なのかどうか定かではなかった。雪の下に埋もれてしまえば、あったこともなかったことも同じだ。
 このまま降りつづいて、何もかも覆い尽くしてくれればいいと思った。村を離れてこの方、変わったことのすべてを。自分たちがそれぞれに結婚し、家庭をもち、いまは別の道を歩いていることを。人が生き、暮らすことの痕跡を消していくようにして、雪は降りつづけた。

 武雄の家には午後の遅くに着いた。広大な農地の隅に家はぽつんと建っている。北海道あたりの大規模農家みたいだった。高齢化が進み、人が少なくなっていくにつれて、村では耕作を放棄された土地が増えていった。そうした遊休農地の維持管理を引き受けているうちに、面倒を見なければならない土地は五ヘクタールを超えていた。ほとんどは水田だったが、手のかかる稲作を一人で五ヘクタールは無理なので、いまは一部分だけを畑にして、有機農法で主にブロッコリを作っているという。
「青汁用の粉にしてインターネットで販売しておって、なかなか評判がええらしい」武雄を持ち上げるようにして豊が説明した。
 武雄とインターネットの組み合わせがイメージとしてうまく結びつかず、かえって健太郎には面白かった。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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