連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

エピローグ

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epi-4

 新吾とは最近まで年賀状のやり取りをしてきた。電話で話したことも何度かある。しかし最後に会ったときのことが思い出せなかった。
「いまはうまく行っとるのやろう」新吾の会社のことに話をつなぐと、
「結局、一人で乗り切ったみたいやった」豊は淡白な口ぶりで答えた。「子どもらにはあんな綱渡りみたいなことはさせとうないと、借金のことが片付いてからやろうけど、そんなことを言いよった。毎年の同窓会にもかならず顔を出してな、仕事の話などはせずに、なに喰わぬ顔で昔の話やらしよった。いまから思うと、大変なときやったのかもしれん」そこで言葉をおいて、「還暦のときは、おまえ帰ってきたんやったかな」とたずねた。
「いや、帰っとらん」健太郎は答えた。
「そうか」
 両親が健在だったころには、家族を連れての帰省の折などに、小学校や中学校の同窓会にも何度か出席したことがある。とくに二人の息子たちが小さいうちは、夏休みに合わせてよく帰省したものだった。すでに過疎化は顕著になっていて、村は年を追って活気を失っていった。「箱物」と言われる立派な施設ばかりが目につきはじめるころだった。村のあちこちに「国はただちにエラン廃土を撤去せよ」といった看板が立っていた。鉱石の廃土が村のなかに山積みになっており、その処理をめぐって住民運動が起こっているらしかった。
 発見の当初は「夢のエネルギー」と騒がれた鉱石も、精錬して採算がとれるほどの含有率はなく、海外のものに比べると質量ともにまったく採算が取れないことが明らかになった。国の政策も、高品質の鉱石を外国から輸入するという方向へ定まったことから、村の鉱山は廃坑に追い込まれた。かつて昭の父親が研究所の開設を準備していたところに、環境技術センターのようなものができていた。一度、子どもたちと見学に行ったことがある。訪れる人も少なく閑散としている建物のなかには、着色剤に鉱石を使用したという蛍光を発するガラス工芸品などが展示されており、幼い子らはそれなりに面白がっていたものだった。
「そろそろ行くか」豊が促した。それから墓に向かって、「また来るでな」とまるで存命している旧友に声をかけるように言った。

 あれは高校の同窓会だった。清美と再会して話をしたことがある。そのころは年末年始の帰省の時期に合わせて同窓会が開かれていた。彼女と会うのは、高校を卒業して以来だった。すでに結婚して姓が変わっていた。子どももいるということだった。村で暮らしつづけている清美は、その変貌の様子などを話したあとで、健太郎に東京での仕事のことなどをたずねていた。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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