連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

エピローグ

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epi-14

「とくに仲がいいということもないが、危機的な状況にはないと思うな」健太郎は政治家が答弁するようなことを口にした。「そう言うおまえのとこはどうなんだ」
「夫婦でお四国まわりをしとる」
「それはまた仲がいいことで」
「かみさんのお供よ」
「どのくらいまわった」
 旅行会社のツアーに参加しているのという。月に一度ほどのペースでまわり、約一年をかけてもうすぐ結願だという。
「最後は高野山にお礼参りに行こうと話しとる」
 しばらく会話が途切れた。豊は出されたものをきれいに食べ終えている。健太郎のほうは天ぷらを半分ほど残し、餅には手をつけなかった。
「たまには戻ってきて、わしらと一緒に酒を飲めよ」豊は唐突に言った。「武雄はいつまでも独りみたいやし」
 健太郎が答えずにいると、
「本人は寂しくないのかの」首をかしげるというよりは不憫そうな口調に聞こえた。
「豚とは仲良くしているみたいだな」はぐらかすような言葉を返すと、
「その豚を食べてしまうのはどういうことやろう」豊は真面目に受けて、「まあ、食べたくなるくらい仲がええいうことかな」と収めた。

 施設は二階建てになっており、一階は受付や診察室など主にスタッフのためのスペースだった。入所者は一日の大半を二階で過ごすという。薄いクリーム色の建物を目にしたところで、いまさらながら逡巡する気持ちになった。一人なら足が止まってしまいかねないところだが、幸か不幸か連れがいる。その豊は、
「おれはここで待っているよ」と玄関を入ったところで言った。
「一緒にいかんのか」健太郎は意外そうに言葉を返した。
「おまえ一人で行ってこいよ」
「気を遣わんでもええのに」
「そういうわけやない」
 背中を押された気分でエレベーターを使って二階に上がった。若い女性のスタッフに来意を告げると、すぐに心得て案内してくれる。ちょうど昼食後の自由時間らしかった。ほとんどの入所者はテレビの前に集まって、ぼんやり画面を眺めている。テーブルに居残って何か食べている女性もいる。あまり高齢の者は目につかない。健太郎と同じ年恰好か、せいぜい四つ、五つ上と見受けられる人たちが多かった。八割がたが女性で、数少ない男の入所者は数人がかたまって手持ち無沙汰にしている。大半の人は車椅子に乗せられている。
「柴野さん、お客さんですよ」案内してくれたスタッフが声をかけた。
 車椅子の老女が振り向いた。一瞬、人違いではないかと思った。その顔に見知った感じが伴わない。しかし女性は大きく見開いた目で健太郎を見つめている。おそらく誰かわからないのだろう。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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