連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

エピローグ

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epi-12

 武雄の家を出たのは昼前だった。途中で昼飯を食べていくことにした。美味い蕎麦屋があると言って、豊は意向も聞かずに車を向けた。
「なんもわからんようになっとるけん、びっくりしたらいけんぞ」車のなかで彼は言った。
 健太郎はただ頷くだけで言葉は返さなかった。そういえば、こいつも気があったのだなあ、と遠い日の面影を手繰った。新吾が亡くなったという電話をもらったときに、清美の病気についても知らされていた。「認知症」という言葉を豊は使った。あの清美が、という言葉を呑み込んで、それ以上はたずねなかった。理不尽な気持ちにとらわれそうになるが、若年の患者も多くいる病気らしいからと自らを宥めた。新吾の死にしても、身内の不幸はおしなべて時期尚早と感じられるものだ。
 新吾の墓参りを先送りにしてきたのは、清美という現実に直面することを避けるためでもあったのだろう、と健太郎はいまさらながら自らを省みた。ある意味、新吾の死以上に堪えることだった。うまく受け止める自信がない。もちろん帰るからには、ひと目でも会いたいという気持ちはあった。どちらともきめかねたまま来てしまった、というのが本当のところだ。しかし昨日、新吾の墓参りを済ませ、残された者たちで酒を飲み、今朝、武雄の農場を散歩しているうちに気持ちは固まった。
「会えるかな」朝飯のときに口数少なくたずねると、
「連れて行ってやる」豊も最小限の言葉を返した。
 武雄は農場の仕事があると言うので、二人で出かけることになった。清美の息子夫婦と親交のあるらしい豊が、道すがらこれまでの経緯をかいつまんで説明した。五年ほど前に連れ合いを亡くしたころから症状は現れはじめたという。最初に息子の嫁が義母の物忘れの多さを指摘するようになった。とくに同じことの繰り返しが目立った。さっき言ったことをまた言っている。息子もそのことには気づいており、折節に専門医を受診してみることを勧めた。母親は診察を拒んでいたが、ようやく説得されて隣町の総合病院を受診した。
 最新の検査技術をもってしても容易に診断はつかなかった。その間も物忘れはひどくなる一方だった。息子たちを困らせたのは、母親が金品の紛失をしきりに訴えることだった。盗まれたと思い込んでいるらしく、混乱が極まると身近で世話をしてくれている息子夫婦に嫌疑をかけるような言い方をする。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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