連載書き下ろし小説
なお、この星の上に
写真:川上信也
プロデュース・ディレクション:東裕治
昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?
第二章
2-9
「わしらが結婚したころに、最後の雨乞いを出したんやなかったかの」父親が引き取って言った。「おとうちゃんらが子どものころは、お山の社のことを雨降り神社いうてね、村の若い人らが毎年のように雨乞いに行きよったよ」それから祖父のほうへ、「あのころはまた日照りが多かったでしょうが」と言葉をあずけた。
「たしかに多かったのう」
「田んぼもいまより多かったですけん、ちょっと雨が降らんと水が足らんなりよる。そしたらすぐに雨乞いが出されよりましたな」
「惣一郎も行ったことがあるんかの」
「雨乞いは行ったことないです」
「あれはなかなか大変でな。途中で止まってはならんとか、お水をこぼしてはならんとか、他にもなんやかやとうるさいきまりがあった」
「戦争がはじまって食糧が足らんなって、米は作るのが大変やいうんで、田んぼをつぶして芋や麦を作るようになったでしょうが。戦争が終わってからは果樹をやったり、牛や鶏を飼うたりする家が増えてきたんで、以前ほど水が足りんことはのうなったようですね」
「どうじゃ健太郎。おとうちゃんと一緒にお山に登れるか」祖父がたずねた。
「大丈夫じゃよ」
「お山は険しいぞ」
「山ならいつも登っとる」
「そりゃあ頼もしいの」祖父は嬉しそうに言った。「健太郎がお参りしたら、山の神さまもさぞかし喜びさるやろう」
風のない静かな夜だった。窓に引いたカーテンの向こうが明るんでいるのは、月が出ているからだろう。今夜あたりは満月かもしれない。先ほどから庭の井戸のあたりで小さな音がしている。それが耳について健太郎は眠ることができなかった。カーテンの隙間から覗いてみれば済むことだが、せっかく温まった布団から抜け出すのは億劫だった。
窓の外を、夜の闇がふわふわ漂っているのが感じられた。そのあいだを何か小さなものが動きまわっている。牛たちは声をたてなかった。鶏たちも騒がない。池の鯉たちは水の底で眠りについている。どうやら危害を及ぼすものではないらしい。野良猫だろうか。それとも冬眠から目覚めたリスが山を下りてきたのだろうか。灰拾いかもしれない、と健太郎は思った。
物音が止むと、母屋の東側を流れる疏水のせせらぎが聞こえてきた。その音に耳を傾けながら、いつか祖母から聞いた話を思い出した。庭の井戸にまつわる話だった。戦争中のことだ。やはり月の明るい夜だった。
9/11
片山恭一
愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。
川上信也
1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。
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