連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第二章

2-8

「話し合いできめることよ」綾子は簡潔に答えた。「うちら学級のことでもなんでも、民主主義できめよる」
「ほう、そりゃえらいことじゃ」
「話し合いできまらんときは、多数決できめるんよ。そしたらだいたい女子の勝ちじゃ。数が多いけん」
「うちらにとってはええもんのようだの、民主主義は」母親が言った。
「この家は三対三じゃ」健太郎が口を挟んだ。
「牛のほうはどうなった」祖父が話を戻した。
「とりあえず毒饅頭を撒くことになりそうです」
「うちにも撒いとかないけんか」
「野犬は頭が賢いですけんな」
「なんぼ賢うても、人間の知恵にはかなうまい」
「うちは電気柵のほうがええ思うな」綾子は最後までこだわった。
 やがて話は近く行われる山参りのことに移った。かれこれ一ヵ月ほど前のことだった。村の寄り合いに出ていた父親は、夜遅くになって大きな風呂敷包みを持ち帰った。なかには一幅の掛け軸と、お神酒器、蝋燭立てなどが入っている。さっそく神棚が設えられ、その日から朝夕、父親は欠かさず神棚に祝詞を上げはじめた。
 健太郎たちの村では、毎年田起こしがはじまるころに、一年の無事と豊作を祈願するため、村の代表が大山にお参りすることが習わしになっている。大山は標高千メートルを超える高峰で、山の神の祠から山頂までは大人の足でも半日はかかる。この山参りが終わると、本格的な春の訪れとともに、村では代掻きから種蒔き田植えと、農繁期を迎えるのだった。
 山参りは村の各家が毎年順番で担い、今年は健太郎の家が当番になっていた。村の伝統行事の多くは農事と密接なかかわりがあり、月の満ち欠けをもとにした旧暦によって日取りが決められている。当番の家では一ヵ月ほど前から神棚をつくり、お供えをして祝詞を上げつづける。
 当日は、付添として村の男たちが何人か一緒に登るが、その際に、健太郎も父親に付いてお山に登ることになっていた。頂上には小さな神社と権現滝がある。男たちは村の各家から集めた浄財を神社に奉納し、滝の「お水」をいただいて帰る。この水は村の各家に配られ、村の者たちは「お水」を口に含んで、一年の無病息災を祈願するのだった。
「じいちゃんが若いころには、雨乞いの儀式のために再々お山に登りよった」祖父は昔語りにそんな話をした。「村の若い者が四、五人で朝早ように出発して、権現さんのお水をいただくと、日暮れまでに村に帰り着けるよう、一目散に山を下りるんじゃ」

8/11

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

Copyright © bokuralab Design by Yuji Higashi