連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第二章

2-5

 風呂は母屋の東角にあった。浴槽はタイル張りだが、仕組みはいわゆる五右衛門風呂で、鋳鉄製の風呂桶を直火で温めるようになっている。焚き口は庭に面し、薪を収納している物置が、そのまま台所のある土間につながっている。小学生のころから任されている風呂焚きの仕事を、健太郎は気に入っていた。入会地などから集めてきた枯れ木や間伐材を、のこいて適当な長さに揃えてから斧で割っていく。台風や雪で倒れた木や害虫による枯れ木も薪にする。風呂を焚くときは、さらになたで細かく割って焚きつけを作る。冬場などは焚き口にしゃがみ込み、落ち葉や小枝、乾燥した薪が燃えるのを眺めて飽きなかった。ときどき風呂の番をしながら、暖かな焚き口で漫画を読むのも楽しみだった。
 庭の片隅に灰を捨てる場所があり、集めた灰は祖父が畑の肥料にする。鶏はひよこから育てて卵を採り、鶏糞はやはり肥料にする。卵を産まなくなった鶏はつぶして食べる。最初から最後まで無駄がない。いかにも祖父好みの動物だった。ヤギを飼っているのも残飯や野菜屑を食べてくれるからだろう。その乳を、祖父は健康にいいと言って毎朝飲んでいるが、健太郎はやはり牛の乳のほうが美味いと思う。とくに風呂上がりに飲む冷たい牛乳は格別だった。
 祖母はアンゴラウサギを飼っている。小屋は三段になっていて、一つの部屋に四羽くらいずつ入っている。それが横に八個ほど並んでいる。以前、小屋に忍び込んだテンによって、大切に育てたウサギが全滅させられたことがあった。祖母は悲しんだが、祖父は怒り狂った。そして小屋のまわりを頑丈な金網で覆ってしまった。おかげでアンゴラウサギの小屋は捕虜収容所のようになった。飼育小屋の隣に粗末な仕事部屋があり、そこで祖母は膝の上にウサギを抱いて毛を刈っていた。集めておいた毛は、ときどき業者が買い取りに来た。
 太い薪を何本かくべてから、健太郎は土間へ抜けて台所の水道で手を洗った。かまの前では母親が鍋に味噌を溶かしている。妹の綾子も手伝いをしている。台所が土間になっているのは、農家にとっては都合のいいことだった。農繁期には土足のまま食事の支度をし、上がり端などに腰かけて食べることができる。また泥のついた野菜を気にせずに扱うこともできる。

5/11

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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