連載書き下ろし小説
なお、この星の上に
写真:川上信也
プロデュース・ディレクション:東裕治
昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?
第二章
2-3
鶏が苦手になったのには理由がある。小学四年生のときだった。健太郎は祖父に誘われるまま、軽い気持ちで鶏の解体に立ち会った。祖父としては孫に鶏のつぶし方を教えようと思ったのだろう。切り開かれた腹のなかには、これから産まれる卵が順番に並んでいた。殻が薄く付きかかっているものから、だんだん黄身だけになっていく。これが明日産むぶんの卵、これが明後日のぶん、というふうに祖父は説明してくれた。そのときは別段気持ち悪いとも思わなかったが、以来、目の前に鶏の肉が出てくるたびに、健太郎は腹のなかに並んだ卵を思い浮かべてしまう。
同じ鳥の肉なら、たまに父親が捕ってくるカモのほうがよほど好きだった。カモ猟は冬場の村の男たちの楽しみの一つだった。水を落とした田んぼに降り立つカモたちを、餌でおびき寄せて一網打尽にする。多いときには二十羽ほども捕れる。カモ猟の他にも、年間を通して狩猟は日常的に行われていた。そのため男たちの多くは猟銃を保有していた。シカやイノシシを捕ることは、害獣駆除の目的で村をあげて定期的に行われた。野生の獣たちの肉は、山で暮らす人々の貴重なタンパク源であるとともに、猟をとおして結束を強めるといたった意味合いももっているらしい。また野鳥を撃ちに行くことは、いまも昔も農閑期の村の男たちの最大の娯楽になっていた。
そうした猟に比べると、カモ猟はいかにも面白みのないものだった。カモたちは日没と同時に田んぼに戻ってくる。警戒心が強いので餌場に直接降りることはなく、少し離れたところに降りて、まわりを見まわしながら寄ってくる。人間のほうは、カモたちが仕掛けた網に入るまで、茂みなどに隠れて辛抱強く待つ。忍耐力が必要だった。健太郎の父親などは、煙草も吸えないと言ってこぼしている。それでもカモ猟に出かけるのは、捕った獲物で酒を飲むという楽しみのためだった。
男たちが持ち帰ったカモは、主婦たちが共同で料理をする。羽をむしり、胸肉、手羽、腿肉、ガラなどに切り分けていく。カモ鍋は、ガラで出汁をとったスープに肉を入れ、ねぎを加える。手羽と腿肉はあぶり焼きにする。たしかに美味くはあったが、健太郎は日暮れの田んぼで凍えてまで捕りたいとは思わなかった。
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片山恭一
愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。
川上信也
1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。
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