連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十八章

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18-9

 問いかけられたほうは途方にくれた顔で問いかけた相手を見た。しばらく難しい顔をして考え込んでいたが、 「健太郎の言うことはちいともわからん」投げ出すように言った。
 伝わっている、と彼は思った。何かが通い合っている。言葉にできないものが。この世界でいちばん善いものが。
「雪になりそうやね」
 振り向くと、清美は窓辺に立っていた。健太郎もベッドから降りて並んで立った。外では冷たい雨が降りつづいていた。暗い窓カラスに清美の顔が映っていた。
「春になったら海を見にいかん。うち、まだ海を見たことがない」
 生き生きとしたものを感じた。軽やかで、休むことなく動きつづけているもの。いまここで生まれているのだ。それは部屋を満たし、窓から溢れ出し、空を移ろう雲や、暖かい日差しや、草の上を吹き渡っていく風と一つになって世界の果てまで広がっていく。
「連れて行ってくれるか」
 眼差しが重なった。二回目だ、と健太郎は思った。あのときわしとおまえはシカだった。清美の瞳に自分が映っている。
 すべてがここにある。楽しいことも悲しいことも、何もかもが息の通い合う距離と重ね合った眼差しのなかにある。すべてがあって何も欠けていない。春が待ち遠しい、と健太郎は思った。










片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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