連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十八章

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18-7

 さりげなく顔を向けると、父は淡い光を湛えた目で、カーテンの引かれていない暗い窓の外を見ている。余人には通じるはずのない理屈だった。だが当人は行き惑う感じにはならなかった。父もやはりそうなのだろう。誰にも話せないことがある。言葉にできないことがある。そのことで自分たちはつながっている。父と自分はつながっている、と健太郎は思った。
「これからは若い者の時代になる」やがて切り上げるように父は言った。「どんなふうに生きればええのか、正直なところわしにはようわからん。このままの暮しをつづけることができればいちばんええのやろうが、この国の変わりようを見ておると無理な気がする。若い世代の者らが順々に村を出ていくようになれば、いずれ村は年寄りばかりになって衰えていく。何百年もつづいてきた村の暮らしは途切れることになるかもしれん。それも仕方のないことなのやろう」

 その日、清美は花を持ってやって来た。クラスメートが少しずつ金を出し合って買ったものだという。何人かで来るつもりだったが、病院の様子がわからないので、とりあえず一人で来た、というようなことをたどたどしく説明した。
「元気そうなんで安心した」
「病気をしたわけやないけん」
 これまで何人もからたずねられたことを、清美もやはりたずねた。なぜあの場にいたのか。いてはならないときに、いてはならない場所に。通り一遍の説明を繰り返した。父親のことが心配だった。事態の成り行きを見届けたかった。なんとでも説明はできたが、どのように説明しても空々しい気がした。まわりの大人たちの受け取り方は様々だった。多くは好意的に解釈してくれ、無難なところへ収めてくれた。健太郎のほうも逆らわなかった。何を言われても反論はしない。不服も口にしない。思いたいように思ってくれればいい。
「なんがおかしいん?」
 いつのまにか笑っていたらしい。
「夢を見とった」正直に打ち明けた。「意識が戻らんあいだ、ずっと夢を見とった」
「どんな夢か」清美の興味が動いようだった。
「シカの好物はなんか知っとるか」たずねると、
「なんの話やの」ちょっと警戒する口ぶりになった。
「夢の話じゃよ」
「シカと関係があるんか」
 健太郎は黙って頷いた。
「なんでも食べるのやないの」清美は不承不承の口ぶりで答えた。「シカは喰いしん坊やけん。小さいときに親からよう言われたよ、シカみたいに好き嫌いをせずに食べなさいって」
「わしも言われた」健太郎は相手の言葉に寄り添った。「シカは草でも木の葉でもなんでも食べる。とくに好物は若い芽や花で、柔らかいもんが好きなのよ。栄養もある。そういうものをたくさん食べて、シカは幸せになる」

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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