連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十八章

最初から読む <

18-5

「どっちもいやとは言えん。どっちかしかない。殺すか殺されるか。最初から戦争へ行かんに越したことはないが、これがなかなか難しい。そういうことは思いつきもせん。戦争へは行くもんと誰もが思っとった。小さいときから戦争へ行って死ぬことだけを考えてきとる。それが当たり前で、大人も子どもも同じ考え方しかできんようになっとる。おかげで若い者はみんな戦争へ行った。行かずに済んだのは、悪さばかりしよった鼻つまみ者だけだ」
 どうやら話は本題に入っているらしかった。
「今度みたいに野犬が農家の牛や人を襲う」父はつづけた。「すると野犬を撃つしかないということになる。みんながそう思う。撃たれる犬がかわいそうじゃからと反対する者はおらん。犬を撃ち殺せば解決するとは誰も思っとらん。この前の戦争のときもそうやった。戦争でなんもかも片付くとは誰も思っとらん。それでも戦争しかないとみんなが考えた。戦争するほかないと国中が思うとるときに、一人だけ違う考えをもつのは難しい。本当は一人ひとり違うように考えるのがええのやが」
 父はまた戦争のことを思い出しているみたいだった。やがて話のつづきに戻るようにして言った。
「敵の爆撃を受けて仲間の兵隊が重傷を負ったことがある。腹が引き裂かれて腸が地面に垂れとる。一目見て助からんことはわかった。おそらく軍医がおるところまで運ぶうちに死んでしまうやろう。そうなれば無用な苦しみを与えることになる。このままにしておけば兵隊は自分が死んでいくのも知らずに死ぬことができる。味方の陣地へ運ぶべきか、何もせずに静かに死なせてやるべきか。そういう難しいことが戦争にはたくさんあった」
 父は言葉をおいて押し黙った。自分で見たわけでもないことが見える気がする。聞いたこともない声が聞こえる気がする。健太郎は父が自分に届きはじめているのを感じた。
「こうしたことは、まだ話せるだけええのかもしれんな」しばらくして父は言った。「本当に恐ろしいことは、なかなか口にできん。戦争では人に話せんようなことがたくさんある。家族にも話せんことを、戦争へ行った者らはみんな抱えとる。戦争のことを話しよる人らは、話せることだけを話しよるのやろう。自分のことを考えると、そんなふうに思える。どうしても話せんこと、言葉にできんことがたくさんあるのでな」
 そのことなら自分も知っている、と健太郎は思った。言葉にならないこと、誰にも話せないことを、父と同様に自分もまた持ち歩いている。胸の奥にひっそりと抱えている。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

Copyright © bokuralab Design by Yuji Higashi