連載書き下ろし小説
なお、この星の上に
写真:川上信也
プロデュース・ディレクション:東裕治
昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?
第十八章
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18-4
あのとき自分は何を撃ったのだろう。自問するたびに父の恐怖が生々しく甦ってくる。父自身が感じている恐怖というよりも、野犬に襲われている父を目の当たりにしていることの慄きと言ったほうがよさそうだった。咄嗟のことだった。地面に転がった銃を拾い上げ、無我夢中で引き金を絞った。銃は野犬に向けて放った。その弾が撃った当人を貫いた。
いかにも不合理なことだ。常識的に考えれば、誰かが野犬に向かって放った弾が誤って当たったことになる。誰が撃ったのかは詮議されなかった。事を荒立てないためにも、流れ弾ということで処理されていた。武雄も言うように、山狩りの場に足を踏み入れた者が悪いのだ。弁解するつもりはなかった。父は息子の落ち度を認めた上で、健太郎の行動をそれとなく擁護してくれていた。野犬に不意を襲われた父親を助けようとしてのことだった。なぜあの場にいたのかについてはあえてたずねなかった。事は曖昧に、穏便に済まされようとしていた。
ほとんど毎日見舞いにやって来る父は、自分と話をしたがっているように健太郎には思えた。しかし病室にはたいてい母親がいたし、看護婦も頻繁に出入りするので、なかなか二人きりになる機会がない。その日は消灯時間が近くになってやって来た。寄り合いの帰りだという。すでに母親は家に戻っている。
父は手持ち無沙汰な様子で、見舞いの者のために用意されている椅子に腰を下ろし、世間話のようなことを間遠に話していた。前にもこんなことがあった気がした。というより父と自分のあいだは、いつもこういう感じではなかったか。
「若いころに村でも評判の鼻つまみ者がおってね」出がらしの茶を何杯か飲み干してから、父は前置きもなしに言った。「悪いやつで、女の人に悪さをしたり、人の金を盗んだり、手がつけられなんだ。好き勝手に生きとる男には、法律もなんもあったもんやない。戦争にも行かなんだ。徴兵されそうになると、山に隠れて逃げてしまう。結局、逃げまわっているうちに戦争が終わった。ろくでもない男やったが、おかげで人を殺さずに済んだとも言える」
健太郎は相槌も打たずに、ベッドに寝たままぼんやり天井を見上げていた。父は横顔しか見えないはずの息子を見た。
「戦争いうのは、殺すか殺されるかだ」それまでと変わらぬ調子で、父は遠慮のない話をはじめた。
片山恭一
愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。
川上信也
1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。
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