連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十八章

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18-3

「進路はきまったんか」健太郎は豊にたずねた。
「高専に行くことにした」意外にさばさばした口調で答えた。「四月からは会えんな」
「休みの日に帰ってきたらええ」そう言いながら、健太郎は少し寂しい気持ちになった。
「寮に入るけんね。一年生のあいだは、めったに帰ることができんらしい」
 どうやらすっかり覚悟をきめているようだった。はじめて親元を離れ、集団生活をするのだから心細くないはずはない。新しい環境に一人で飛び込んでいこうとしている豊が、健太郎にはたくましく見えた。
「ときどき会いに行ってやる」武雄が気遣うと、
「会わしてくれるかの」豊はどうでもよさそうに言った。「厳しい規則があるらしい」
「刑務所か軍隊みたいじゃの」と新吾が言った。
「高専の英語は難しいそうな」まだ合格したわけでもないのに、豊の頭のなかでは卒業後の高校生活に向けた準備がはじまっているらしかった。「英語の授業に力を入れとるのよ。新しい技術を身につけるのに必要やけん」
 健太郎は昭の父親のことを考えていた。彼も新しい技術を身につけるためにアメリカやイギリスに留学した。そして鉱物から電気を取り出すという新しい技術を持ち帰った。もちろん善かれ思って自分の仕事をしているのだろう。この国の人たちが二度と戦争に巻き込まれることがないよう、自国の資源で電気をつくる研究をしている。昭の父親のように善良で頭のいい人たちが、国や人々の将来のことを考えて働いている。だが、そのことが自然や暮らしの秩序を損なってもいる。山は荒れ、野犬が牛や人を襲うようになった。村では火付けが相次ぎ、余計なことながら自分は怪我をして入院することになった。
「どうかしたんか」黙り込んだ健太郎に新吾がたずねた。
 健太郎は「なんでもない」というように首を振った。
「おまえはどうするんか」その新吾にたずねると、
「高校へ行くことにした」あっさり答えた。「受かるかどうかわからんが」
 入学試験の前に調整が行われるので、受験した者のほとんどは合格する。とりあえず新吾とは、同じ高校に通うことになりそうだった。
「武雄はやっぱり猟師になるか」三人の進路を一通りたずねることになった。
「猟は趣味でやる」武雄はきっぱりと答えた。「中学を卒業したら大工の見習いになる」
「衛兄が知り合いの棟梁を紹介してやるらしい」新吾が説明した。
「大工仕事はもともと好きやけん」武雄はどこか得意げに言った。
「実際に作ったことがあるのはゴム管ぐらいやろう」豊が口を挟むと、
「似たようなもんよ」軽くあしらった。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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