連載書き下ろし小説
なお、この星の上に
写真:川上信也
プロデュース・ディレクション:東裕治
昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?
第十七章
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17-9
わたしたちは人間や動物と固く結びついています。わたしたちのお腹は動物や人間のお腹とつながっています。人間も他の動物たちも、ともに植物の種子を育む母親なのです。食べたり食べられたり、そのために争ったりしているのは見かけだけのことです。自然の営みのなかでは、食べる喜びと食べられる喜びは同じものです。なぜなら食べることと同様に、食べられることもまた生きることだからです。食べることも食べられることも、本当は一つのことなのです。食べるものと食べられるものは二つで一つです。
この森のなかにも、野原や川や空にも目に見えない道が通っています。道は無数にあって、どこへでも、またどこまででも行くことができます。ただし、その道を通ることができるのは食べられることの喜びを知っているものだけです。動物も植物も自分が食べられることの喜びを知っています。だから森の道を通って交わり合うことができます。人間はどうでしょう。あなたたちは食べられることの喜びを知っていますか?」
誰かが泣いている。自分のために泣いている。遠い世界の果てで流される涙を想った。手の届かないところで、自分が抱きしめられているのを感じた。寄り添ってくれているものがいる。温めてくれているものがいる。仄かな温もりのなかで耳を澄ますと、泣き声は歌声のようにも聞こえた。
誰かが自分をうたってくれている。誰が泣いているのか、うたってくれているのは誰なのか。その人の胸に広がる草原を想った。草原のなかに一筋の道がついているのが、かすかに見分けられる気がした。
片山恭一
愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。
川上信也
1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。
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