連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十七章

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「わたしたちにとって食べられることは喜びです」野いちごと名乗った声はつづけた。「なぜって食べられることによって子孫を増やすことができるのですから。わたしたちは動物のように歩くことができません。自分の足で移動することができません。それでもやっぱり自分たちの子孫を残さなければなりません。この命をつぎの世代に伝えて、子どもたちが繁栄できるように生息地を広げなければならなりません。わたしたちは動物に食べられることによって、いろいろなところへ連れて行ってもらうのです」
 健太郎は目を閉じて声に耳を傾けけた。その声は雲の調べのようだった。
「まだ春が浅いころ、わたしたちが緑色をしていて固いことをあなたもご存知でしょう。味も酸っぱいので、ほとんどの動物は食べようとはしません。そうやって動物たちにおあずけをさせているのです。お腹のなかの種子がしっかり熟して、いよいよ外に出る準備ができると、わたしたちは柔らかみを増して甘くなります。赤く色づいて、もう食べてもいいよという合図を送ります。するとツグミなどが真っ先に飛んできて食べてくれるのです。ツグミはどこかへ飛んでいって、種子を吐き出したり排泄したりします。こうして動くことのできないわたしたちは長い距離を移動し、世界中に広がることができるのです。
 わたしたちの多くは食べられることによって広がっていきます。なかには風や水に種子を運んでもらう仲間もいますが、ほとんどの植物は種子を美味しい果肉でくるみ、熟したことを色や匂いで知らせます。そうして自分を食べた動物に遠くへ運んでもらうのです。お腹を空かせた動物は、果物を食べるときに慌てて種子も一緒に飲み込んでしまいます。遠く離れた場所まで移動したころに、吐き出したり排泄したりします。わたしたちから見ると人間も種子を運んでくれる動物の一つです。わたしたちの種子は丈夫なので、人間の身体のなかでは消化されずに排泄物に混じって出てきて、そこで発芽します。動物や人間のお腹のなかを通らなければ発芽できないようになっている種子もたくさんあります。





片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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