連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十七章

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 ところが、このような悲惨な境遇にある牛さんたちでさえも、人間によって家畜化された多くの動物たちのなかでは、まだマシかもしれないのです。たとえば卵を産む目的で育てられている雌鶏さんたちの場合は、懲罰房のような狭い檻に閉じ込められます。一つの檻に何羽も押し込まれることさえ珍しくありません。そのため鶏さんは羽ばたくことはおろか、まっすぐに立つこともできません。まして餌を探したり周囲を偵察したり、あたりをつついてまわったり、巣を作ったりすることは夢のまた夢です。あんなに身繕いの好きな鶏さんなのに。
 鶏さんに勝るとも劣らず気の毒なのは豚さんです。仲間内でも非常に知能が高く、好奇心も強いと評判の豚さんたちもまた、狭い仕切りのなかで一生を終えます。あまりに狭い仕切りに入れられるので向きを変えることもできません。もちろん歩くことも餌をあさりまわることも、何もできません。これが朝から晩まで一生つづくのです。かわいそうとか気の毒とか言うには、あまりにも悲惨です。酷いという言葉でも足りません。どう言っていいのかわかりません。もちろん牛さんの場合と同じように、生まれた子どもたちはすぐに連れ去られ、ひたすら太らされたあげくに殺されて、肉やハムやソーセージにされてしまいます。残された母豚さんは、すぐにまたつぎの子どもを妊娠させられる。なんだか話しているうちに辛くなってきました。もっといろんな例をあげてお話したかったのですが、先をつづけることはできそうにありません。とにかくあなたがたが毎日口にしている卵や牛乳や肉は、こうした何億とも何十億とも知れない動物たちの、言語を絶する苦しみや痛みによってあがなわれたものだということを、少しでも気にとめていただきたいのです」
 声が消えたあとには、なお言葉にならない真の真っ黒な絶望に似た憤怒と悲哀が感じられた。人間でいることはなんて辛いのだろう、と健太郎は思った。いっそしいたげられる動物になったほうが楽かもしれない。
「人間はかわいそうな生き物だとわたしは思っています」風に漂うような声が聞こえてきた。
「あなたは誰ですか」思わずたずねた。
「野いちごです」と声は答えた。
 それを聞いて少し安心した。人間も野いちごにまではひどいことをしていないだろう。
「なぜ人間はかわいそうなのですか」
「食べられることの喜びを知らないからです。つながりを失い、ひとりぼっちで生きている人間にとって、死はさぞかし恐ろしいものでしょうね」
「わかりません」健太郎は正直に答えた。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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