連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十七章

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17-5

「おれは高尚な話をするつもりはない。人間に高尚な話をしてなんになる。おれはおまえたちに殺された仲間の話をしたいのだ」
 好きにすればいい、と健太郎はうんざりした気分で思った。
「善だの悪だのといった話には興味がない」前置きして声は語りはじめた。「そんなことを言い出せばきりがなくなるからな。おれは事実だけを述べる。あるときのこと、おれは仲間と一緒に牛を襲った。物音を聞きつけて銃を持った人間が出てきた。銃声がした。鋭い悲鳴が上がった。仲間が撃たれたんだ……どうだ、おれの話は簡潔だろう? おれは現場にいて仲間が撃たれた瞬間を見ていた。胸のあたりの毛が飛び散り、血が吹き出した。弾は肉をえぐった。あいつは身体を横向きに捻るようにして倒れた。牙を剥き、低い唸り声をたてた。必死に脚を動かして逃れようとしていた。だが死は時間の問題だった。少しずつ動きが鈍くなり、しだいに消えていく。おれは遠くから仲間の死を見送るつもりだった。いつもそうしてきたように、粛然として……。
 そのとき男が銃を構えたまま倒れているおれの仲間に近づいていった。あいつは憎しみのこもった悲しそうな目で男を見た。自分を撃った人間を憎むのは当たり前だ。だが、それだけではない。悲しかったんだ。かつては仲間だった人と犬が、いまでは殺し合っている。そのことがあいつには悲しかったんだ。まだ生きていたとも。腹で荒い呼吸をしながら、最期のときをあいつは悲しんでいたんだ。それから何が起こったと思う? 男は聞くにもたえない汚い言葉を吐いたかと思うと、突然、おれの仲間を激しく打ち据えはじめたのだ。手にしていた銃を逆さに持って。最初の一撃で首の骨が折れた。身の凍るような音だった。その音は、おれたちのいるところまで音が聞こえてきた。二度も三度も、男は狂ったように銃を振りかぶっては激しく打ちつづけた。血に染まった眼球が飛び出し、やつは口と鼻から血の塊を吐いた。尻からも血と糞が流れている。やめてくれ、とおれは心のなかで叫んだ。もうたくさんだろう。みんなが声にならない叫びを上げていた。
 殴打は長くつづいた。男のほうが力尽きてしまうまで、果てしなくつづいた。残酷に打ち砕かれたあいつの脚は小刻みに痙攣し、やがて動かなくなった。生々しい血の匂いと異臭が漂ってきた。やつは血みどろの肉の塊となって無残に横たわっていた。流れ出た血が地面に染みて広がりはじめていた。おれたちは声もなく森へ引き返した」

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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