連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第一章

1-5

 ひょっとして豊は清美と離れるのが辛いのではないだろうか、と健太郎は胸のなかで思った。多賀清美は健太郎たちと同じ年に村の小学校を卒業した五人の女子のうちの一人だった。どうやら豊は清美に、ほのかな想いを抱いているらしかった。言葉や態度の端々に、そのことが感じられた。健太郎のほうは、小さいころから身近にいる清美にたいして異性という意識さえもったことがない。武雄や新吾にしても同じだろう。豊は見かけによらずませているのかもしれない、と健太郎は思った。

 山の棚田を過ぎると、それまでの砂利道から土だけの道になった。まわりの木々の様子も、明るい雑木林から、植林された杉や檜に変わっていく。針葉樹が生い茂った林は暗く、その横を通る道までがひんやりとしている。清水が湧き出しているところがあるので、四人は交互に手ですくって咽喉を潤した。
 植林が行われた行儀のいい山よりも、いろいろな種類の木が混じっている自然の山のほうが健太郎は好きだった。葉を落とした広葉樹の枝が玉状になり、春先にはむく犬のようにモコモコして見える。色や濃淡の異なる木々によって、山全体が柔らかく波打って見えるところから、土地の人たちは「山が笑う」と言った。そんな山の中腹で広範囲に伐採が進み、整地された斜面に学校の校舎じみた建物が幾棟か立ち並んでいた。
「また建物が増えとるな」新吾が谷を隔てた向かいの山に目をやって言った。「このぶんじゃあ町が一つできるぞ」 「どうする武雄、山が消えて猟ができんようなったら」豊が心配そうにたずねた。
「山が消えるこたあね」武雄は頑なな口調で答えた。「それに獲物はどこにでもおる」
 のちに「エラン爺さん」と呼ばれることになる老人と出会ったときには、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。あれは小学五年生のときだった。最初の情報をもたらしたのは武雄だった。そのころから彼は、将来は猟師になるという決意を固めつつあり、学校が休みの日には自分で製作した弓矢などを持って山に入り猟の修行に勤しんでいた。そんな折に、何度か怪しい男を見かけたという。男は道端に露出している岩などをハンマーで叩いて、何か調べているようだった。化石でも採っているのではないか、と健太郎が言うと、そんなふうには見えない、と武雄は確信ありげに答えた。

5/10

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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