連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第一章

1-6

 ほどなく夏休みに入り、四人は本格的に、武雄のいう「怪しい男」の探索に出かけることにした。正体を暴き、村に危害をもたらすおそれがある場合には、しかるべき筋に報告することで意見が一致した。各自がナイフやなたを腰にぶら下げて出発した。山に入るときにはいつも持っていくものだが、今回は木や竹を切るだけでなく、護身用に使う事態も想定された。
 半日ほど歩きまわって、ようやく男のものらしいテントを見つけた。一人か二人用の古いものだった。なかは無人で、近くに焚火の跡があった。何か男の素性につながる手掛かりはないかと、四人はあたりを物色したが、とくに怪しいものは見当たらなかった。テントのなかには寝袋や衣類や本などが転がっている。焚火のまわりにも、飯盒やアルマイトの食器など、普通のキャンプで使うようなものが置いてあるだけだ。
傷痍しょうい軍人やないのか」と新吾が言った。
「どこも怪我しとらんし、軍人上がりにしては歳がいっとる」武雄は大人びたことを言った。
 そのとき突然、近くの茂みから男の声が響いた。四人は弾かれたように逃げ出した。申し合わせたかのように、声がしたのとは反対の方向へ走った。安全なところまで退避して後ろを振り返ると、男はテントのところで腕組みをして立っていた。追いかけてくる様子はない。またそれ以上は威嚇する素振りも見せなかった。もともと脅かすつもりもなかったのかもしれない。いきなり声をかけられたので不必要に驚いてしまったのだ。たしかに武雄が言うように傷痍軍人ではなさそうだった。老人と言ってもいい歳恰好の小柄な男で、眼鏡をかけ、頭にはよれよれの登山帽をかぶっている。こんな相手なら捕まる心配はなさそうだが、黙ってこっちを見ているのが、かえって薄気味が悪かった。
「あれは化石採りやないぞ」山を下りながら新吾が言った。
「山のなかで、何をしとるのかの」健太郎が思案気に言葉をつなぐと、
「年寄りの乞食やろう」豊がいい加減に答えた。
「やっぱり怪しいが」と武雄が言った。
 その後も四人は、夏休みのあいだに何度となく山に入った。山の神が祀られているあたりは森が深く、夏でも涼しいので、何をして遊ぶにも恰好の場所になった。川の上流で釣りをしたり、サワガニを捕まえたりすることもあった。しかし再び男を見かけることはなかった。彼はテントとともに消えてしまった。別の山へ移動したのかもしれない。それとも目的を達成して引き揚げたのだろうか。ときおり思い出したように、誰かが老人の消息に言葉を向けた。やがて夏休みが終わり新学期がはじまると、男のことは話題にも上らなくなった。

6/10

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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