連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第九章

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 しばらく言葉が途切れた。病気で寝ている父親が元気だったころのことを思い出しているのだろうか。静かで心地のいい時間が流れた。
「これからどうする」とたずねてみる。
「もう少し上のほうで釣ってみるかの」源さんはゆっくり腰を上げながら言った。
「イワナか」健太郎も立ち上がった。
「せっかくミミズを掘ったけんの」そう言って、腰に下げた餌箱を軽く手で叩いて見せた。「魚止めの滝あたりまでは行ってみるつもりだわ」
 源さんは明るい空を見上げた。
「一匹でもかかってくれるとええが、こう天気がつづいては大物も出てこんやろう」翳りのない口調で言った。「雨でも降って川の水が濁れば、嘘みたいに釣れるのやがな」
 源さんが立ち去ったあとも、しばらく一人で川原に残っていた。日が翳ったような気がして目を上げると、日差しはあいかわらず明るかった。自分が急に年老いたように感じられた。五十年も六十年も経ってから、十五歳のころの自分を懐かしく思い返している気がした。そんな日が早く来ればいいと思った。

 煌々と照る月の光で、庭は隅々まで明るかった。地面を這っている小さな虫の姿まで見えそうだ。風のない静かな夜だった。木の葉も草も眠り込んだように動かない。暗い天空に輝く星たちだけが小さく震えている。
 夜中に起きて便所へ行くときに、月が出ていてくれるのはありがたい。足元に不安がないし、得体の知れないものたちの気配も遠ざかっている。それでも綾子は母親か祖母に付き添ってもらうだろう。電気や水道のことよりも、先に便所をどうにかすればいいのに、と健太郎は思う。霜が降りる季節に、温かい布団から抜け出して便所へ行くのは苦行に近い。なぜ家の者たちは、この不条理を何十年も耐え忍んでいるのだろう。誰もなんともしようと思わないのが不思議だった。祖父母も両親も、夜中に便所へ行くことは、そんなものだと思っているのだろうか。
 小屋のほうから牛の鳴き声がした。春に生まれた仔牛だった。腹が減って母牛に乳をねだっているのだろう。母牛が舌で仔牛を舐めてやっている姿が目に浮かんだ。仔牛は長くて柔らかい舌を、母親の乳首に巻きつけるようにして乳を飲む。半年のあいだにすっかり大きくなって、いまでは角の生えてくるところが固くなっている。残念ながら、今年生まれたのは牡だった。やがて肉にされる運命が待っている。苦労して産んだ仔牛が肉にされると知ったら、母牛はどんな気持ちだろう。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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