連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第九章

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9-3

「なせかの」源さんはとぼけるでもなく、「あのときはなんとなくそんな気がしたのやが、いまはよう思い出せん」と言った。
 深入りする気はなかった。ぼんやりしたまま時間は流れた。水の匂いが強くなった。光が川面を跳ねまわっている。 「おやじが言うには、本当の知恵は頭のなかに入っとるのやない、ここに入っとるらしいよ」源さんは自分の胸のあたりを指差した。「あのときもここに入っとる知恵が、わしにそっと教えてくれたのやと思う。源さん、当分雨は降らんで、とな」
「他にはどんな知恵が入っとるのか」健太郎が間合いを詰めると、
「どんな知恵も入っとらんよ」相手は煙に巻くように言った。「知恵は自分のなかにあるのやない。空や山や川や、森の獣や鳥や魚や虫のなかにある。知恵を使おうと思えば、そういうものたちと仲良くせねばならん。家族みたいに付き合おうて、いろんなことを教えてもらわねばならん。おやじはいつもそう言いよった」
「偉いおやじさんやな」思ったままを口にすると、
「なんぼ偉い人でも、田んぼで溺れてはどうもならん」源さんはあっさり突き放した。「いまはわしのほうが偉い」  健太郎は思わず声を上げて笑った。源さんも一緒に笑った。いつか山の雑木林でカブトムシを採ってくれたことがある。健太郎は三つか四つだった。遠い夏の日のことだ。二人のあいだを風が吹き抜けていく。やがて源さんは父親の話に戻った。
「おやじはわしにいろんなことを教えてくれたが、こっちは頭が弱いけん、みなはようおぼえられんかった」思い出を手繰るようにしてつづけた。「おやじの話は、いつでも川の流れみたいに行ってしまう。わしは聞いとるだけで、聞いたことはどこかへ流れていってしまう。結局は、なんも教わらんのと同じことになってしもうた。わしに話してくれたようなことを、おやじはどこで習うてくるのか、不思議でならんかった」
「動物たちに聞いたのやないかな」
「わしもそう思う」源さんは我が意を得たりというように言った。「おやじはそういう心をもった人やった。おやじの心のなかには、鳥や魚が教えてくれた知恵がいっぱい入っとったのやろう」
 健太郎は黙って頷いた。
「酒さえ飲まねば、ええおやじやったよ」源さんは懐かしそうに言った。「しょうもないおやじやったが、それでもわしにはええおやじやった。酒を飲んでもええおやじやった」

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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