連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第八章

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8-6

「死んだ人も見たか」
 あえて乱暴な言い方をした。
「戦争やけんね」表情を変えずに父は答えた。「死んだ人はたくさん見た」
 新吾の次兄の話を思い出した。空襲直後の空気に人々の恐怖が残っている。ものすごい恐怖が渦巻いたあとの余塵のようなものが残っているという。老若男女の叫び、悲鳴、喚き声……そういうものが漂っている。空気のなかに充満している。その空気を、父もまた吸ったのだろうか。
「死んだ馬を見たことがある」しばらくして父は言った。
「軍馬か」健太郎は当てずっぽうに言葉を返した。
「あれは不思議な光景やった」父は肯定も否定もせずにつづけた。「冬には気温がマイナス何十度にもなるような寒いところでな。水道も川も凍りついてしまう。川を渡ろうとした馬が氷に閉じ込められたのやろう、頭だけが上に突き出ておった。明るい月が出とってね、光が死んだ馬を照らしとる。それはもう見とれてしまうほどきれいやった。兵隊で戦争に来ておることも忘れて、長いあいだ氷の閉じ込められて死んだ馬を見とった。夢なのか現実なのか、自分が生きとるのか死んどるのかさえわからん気分やった。いまでもときどき、あれが現実やったのかどうかわからんようになる。戦争では、そんなことがたくさんあった」
 その「たくさん」の中身を、父は話す気がないらしかった。しばらく待ってみたけれど、何も起こらなかった。
「そろそろ寝るか」
 父は湯呑を片付けはじめた。結局、この人は何を話したかったのだろう、と健太郎は立ち上がりながら思った。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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