連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第七章

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7-7

 どのくらい時間が経ったのだろう。いつのまにか金縛りは解けて、身体は自由を取り戻している。だが動きだすための力は、なお戻ってこなかった。しばらくぼんやりしていた。魂が抜けてしまったみたいだった。身体は重さをなくしたように立っている。自分が蜃気楼になったような気がした。
「おーい、おーい」
 また声がする。誰かが呼んでいる。
「おーい、おーい」
 黙れ! おまえは誰だ……。不意に声が止んだ。空に音が吸い取られたかのように何も聞こえなくなった。日差しがひときわ強くなった。目に入ってくるのは光と影だけだ。光のなかを影が動いている。こっちへやって来る。一つの影は二つになり、最後に三つになった。
「そんなところで何をしとる」
 聞き覚えのある声がした。
「四人で歩いとったら、いつのまにか三人やが」
 豊の声だった。
「慌てて引き返してきたんぞ」
「大丈夫か」新吾が心配そうに言った。「どうかしたんか」
「吉右衛門爺さんに会うた」
「本当か」武雄が勢い込んで言った。
「わからん」
「なんか、それは」
「どこで会うた」新吾がたずねた。
「ここじゃ」
 三人は怪訝そうにあたりを見まわした。
「誰もおらんが」再び武雄が言った。
「もう行ってしもうた」
 突然、健太郎はこれまでに体験したことのない疲れを感じた。毛穴からどっと吹き出してくるような疲労感だった。身体が鉛みたいに重くなり、思わずその場に坐り込んだ。
「大丈夫か」豊が気遣った。「気分は悪うないか」
「おまえ、爺さんの呪文にかかったな」武雄が確信ありげに言った。
 少年たちは明るい日差しのなかで沈黙した。誰もが吉右衛門爺さんの存在を身近に感じていた。空から注ぐ光に、稜線を吹き渡っていく風に……。
「引き返そう」新吾が意を決したように言った。「無理をせんほうがええ」
「健太郎の具合も心配やしな」豊は一も二もなく同意した。
 武雄も反対はしなかった。ただ一言、
「やっぱり吉右衛門爺さんはおる」と呟いた。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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