連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第七章

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7-6

 明るい場所にいるかぎり大丈夫だ、と健太郎は思った。曖昧なものは何もない。すべてがあんなにもくっきりとしている。目に見えるものはみんな名前をもっている。空、山、石、草、木……それらはあそこにあり、自分はここにいる。

 眩しい日差しのなかに、一人の男が立っていた。大人にしては背丈が低い。ずんぐりとした体つきに見えた。太陽を背にしているのでシルエットしか見えない。もし知っている人間なら、シルエットでもわかるはずだ。帽子をかぶっている。猟師がよくかぶっているような鳥打帽だった。開襟シャツにぶかぶかのズボン、履いているのは地下足袋だろうか。小ぶりのリュックを背負い、猟銃を持っている。
「友だちを見ませんでしたか。わしと同じくらいの中学生が三人です」
 男は答えずにじっと健太郎のほうを見ている。彼がそうなのか。吉右衛門爺さんなのだろうか。何か言ってほしくもあり、言葉をかけられるのが恐ろしい気もした。シルエットだけでは年格好まではわからない。背中は曲がっていないから、それほど高齢ではないだろう。村の年寄りはみんな背中が曲がっている。長く田畑で働いてきた者は背中が曲がる。猟師はどうだろう?
「吉右衛門爺さんですか」
 たずねてから、「爺さん」は余計だったと思った。「吉右衛門さん」でよかった。些細なことを悔やんでいるうちに、相手はくるりと背中を向けて歩きはじめた。
「待ってください」
 追いかけようとしたけれど、足が動かなかった。意識と身体が分離して別のところにあるみたいだった。付いて行かなければならない。追いかけなければならない。しかし身体が動かない。呪文だ。爺さんが呪文をかけたのだ。それならジタバタしてもしょうがない。落ち着いて呪文が解けるのを待つしかない。
 なんの音もしなかった。音自体が周囲から失われていた。ただキーンという金属質の耳障りな音だけが、空の高いところで鳴っているみたいだった。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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