連載書き下ろし小説
なお、この星の上に
写真:川上信也
プロデュース・ディレクション:東裕治
昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?
第七章
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7-3
「吉右衛門爺さんに家族はおるのかの」豊がふと思いついたように言った。
「おらん」武雄は言下に答えた。「爺さんは独身じゃ」
「独身か」豊はちょっと複雑な表情になった。しばらくして、「深い山のなかに家族もおらずに暮らすのは、どんな気持ちかの」と思案顔で言った。
「爺さんに会って訊いてみりゃあええ」新吾が突き放した。
四人はそれぞれ自分の思いのなかに入り込んで、何十年も山のなかで暮らす孤独な人物に気持ちを向けるようだった。
「九十歳や百歳の爺さんなら、昔は嫁さんがおったかもしれんな」豊がもっともらしいことを言った。「子どももおったかもしれんぞ」
「吉右衛門爺さんの子どもか」新吾も釣られて想像を広げる素振りを見せる。
「爺さんはずっと一人で山におる」武雄はそれ以上の詮索を禁じるように言った。
「どうして知っとるのか」豊が踏み込んだ。
「どうしてもじゃ」
それきり武雄は不機嫌そうに黙り込んだ。豊は憮然とした顔でそっぽを向いている。新吾もどこか気まずそうだった。健太郎には山の空気が少し薄くなったように感じられた。
「父ちゃんは若いころに猟をしとったのよ」やがて武雄は何事もなかったかのように、亡くなった父親のことに言葉を向けた。「わしらが生まれるずっと前の話じゃ。そのころから吉右衛門爺さんは伝説の人やったらしい。ときどき都会から何人もの猟師が来て山を荒らすことがあった。そういう連中を、爺さんは誰も足を踏み入れん山の奥のほうへ連れていった。獲物がたくさんおるとこへ案内してやる言うてな」
「騙したんか」豊が言葉を挟んだ。
「都会の連中が帰ってこられんようなところに置いて、爺さん一人が帰ってきた」
「死んだのか、その人らは」新吾が真顔でたずねた。
「わからん」武雄は興味なさそうに答えた。「死んだかもしれんし、生きて山を出られたかもしれん。どっちにしても二度と姿を見せることはなかったそうじゃ」
「怖い爺さんだの」と新吾は言った。
「若い者が何人もやって来て、山奥の川で毒漁をはじめたこともあった」武雄はまた別の話をはじめた。「たくさん獲って売るつもりだったのやろ。毒漁をやると、その川では長いこと漁ができんようになる。生まれたばかりの稚魚や、餌になる川虫まで死んでしまうけんの。そういう連中も爺さんが懲らしめた」
「どうやってか」豊がたずねた。
「おーい、おーいと呼ぶのよ」
「爺さんがか?」
片山恭一
愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。
川上信也
1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。
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