連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第六章

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6-9

「生まれてきたから生きとるだけで、好きで生きとるのやない。そんなことを言うわしを、勇兄は変わり者のように見る。もったいないの、と顔を合わせるたびに言うようになって、わしは勇兄のことがだんだん鬱陶しくなってきた。勇兄は中学しか出ておらんが、わしは高校まで行かしてもろうた。それを途中で止めて戻ってきたものやけん、余計に気に入らんのよ。そんなに行きたいんなら、自分が行けばええ」
 健太郎がちらりと新吾のほうを見ると、彼は下を向いたまま次兄の話を聞いていた。ほどほどに切り上げて、四人は雑魚寝のようにして広い八畳間に休んだ。さすがに疲れていたとみえて、すぐに寝息が立った。
 健太郎は頭が冴えて、なかなか寝つけなかった。新吾の家のことを考えた。彼の父親は結核で、もう何年も町の病院に入っている。田畑のことは主に長兄が世話をしている。二人の兄は折り合いがよくないらしい。次兄はブラジルへ移住すると言っている。三男の新吾は自分の居場所を探している。自分もやはり居場所を探している、と健太郎は思った。できることなら、その場所を清美と二人でつくりたい。顔見知りの者たちが眠る部屋の暗がりで、はっきりとした願望のかたちでそう思った。
 草の上に横たわる清美の顔を思い浮かべた。あの顔は、自分がはじめて発見したものだ。まるで見知らぬ人間が、突然目の前に現れたみたいだった。それまで透明で見えなかったものが、急に色と形をもち一人の少女の姿になった。どうしてあんなことが起こったのかわからない。自分が「清美」という新しい人間を創り出したのだ。あたかも自分だけの作品のように……。
「いかん。こんなことを考えよったら、余計に眠れんようになってしまう」
 清美のことを頭から締め出すと、新吾の次兄の話が甦ってきた。話の断片がぐるぐると頭のなかをまわった。充分な金を稼ぎ、人から遠ざかりたい、と次兄は言った。自分は人を好きになったことがない。いつも人の悪い部分ばかりが見える。
 なるほど、そういう人間もいるだろう。だが新吾の兄貴と自分は違う、と健太郎は思った。人を好きになろうとしているのだ。一人の人間のなかに善いもの、美しいものを見ようとしている。その人のなかには、まだ見たことのない風景が包み隠されている。誰も見たことのない風景のなかに、自分が最初に入っていきたいと思った。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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