連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第六章

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6-8

 新吾は不服そうに黙り込んだ。飯を食べてしまった三人は、空になった茶碗を眺めたりして居心地が悪そうにしている。
「わしもいつまでもここにはおらんぞ」次兄が少し口調をやわらげて言った。
「どこかへ行くんか」
「ブラジルへ行く」次兄はきっぱりと言った。「国が移住する者を募集しよる。わしも応募するつもりでおる。その前にブルドーザーの運転を習う。アマゾンの密林を切り拓いて農地をつくるんじゃ。重機くらい扱えんと仕事にならん。いろいろと調べとるのよ。金も蓄えよる。ブルドーザーの運転を身につけたらブラジルへ行く」
「ブラジルへ行ったら、もう帰ってこんのか」新吾は目を合わさずにたずねた。
「帰るにしても、五年に一度ほどかの」次兄は妙に明るい声で言った。「ブラジルは遠いけんな。遊びに来たらええ」 「遠いやろ、ブラジルは」新吾は兄の言葉をそのまま返した。
「飛行機に乗ったらすぐだわ」次兄は上機嫌に、「みんな遊びに来いよ」と言った。
「行きたいの」そう答えたのは豊だった。
「豊はブラジルへ行きたいのか」武雄が意外そうにたずねた。
「ここ以外ならどこでもええ」と豊は言った。
「高専へも行きとうないいう者が」
「高専へ行くぐらいなら、わしはブラジルへ行く」豊は頑なだった。
「妙な理屈だの」と武雄は言った。
 それからも次兄は焼酎を飲みつづけ、酒の勢いで身の上話みたいなことを話しはじめた。次兄が言うには、もともと口数が少ないのは長兄のほうらしかった。この兄は、結核で入院している父親に似ている。芸術家肌で、水彩画などが上手かった。小学生のころから絵を描いては、何度も展覧会に入選していた。中学に行ってからも美術の時間に風景画などを描くと、たいてい賞をもらった。本当は東京の美術学校へ行きたかったらしい。しかし農家を継がなくてはならないので諦めた。
 この兄が次兄に向かって、「おまえは自由にできるのに、なんで何もしないのか」と口癖のように言う。次兄のほうは、何もしたくなかった。
「誰も好きで生まれてきたわけやない」と彼は言った。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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