連載書き下ろし小説
なお、この星の上に
写真:川上信也
プロデュース・ディレクション:東裕治
昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?
第六章
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6-7
しばらくうとうとして、目が覚めたときも話し声はつづいていた。なかに聞き慣れない声が混じっている。身を起こすと、板の間で新吾と次兄が立ち話をしていた。相手はちょっと迷惑そうな口ぶりだった。新吾の後ろに武雄と豊が立って、三人が次兄と対峙するかたちになっている。隣の部屋からおずおずと顔を出した健太郎の姿を見て、次兄は小さくため息をついた。
「とにかく飯を炊かんといけんな」切り上げるように言って、奥の台所のほうへ歩いていった。
「来ることを言うてなかったのか」武雄が小声で新吾にたずねた。
「言うてない」
「ええのか」
「大丈夫じゃ」新吾は気にもしない様子だった。「米はたくさんある」
「布団はどうかの」豊かが心配そうに言葉を向けると、
「夏やけん、布団はいらん」新吾は突き放すように言った。
夕飯は白米に味噌汁の他には漬物だけという粗末なものだったが、四人とも腹が減っていたのでガツガツと食べた。人嫌いと聞いているわりには、新吾の次兄はよく喋った。饒舌と言ってもいいほどだった。酒が入っていたせいもあるのかもしれない。朝は五時に起きて飯をつくり、七時ごろに家を出て田畑の仕事をする。昼には戻って朝の残りで飯を喰い、再び夕方まで働く。簡単に夕飯をつくって焼酎を飲むと、九時ごろには寝てしまう。毎日決まりきったように暮らしている。何も考えない。何も残らない。雑念の入り込む余地がない。
「差し引きゼロいうのが、いちばんええ」次兄はちょっと酒がまわった口調で言った。「マイナスはようないが、プラスも煩わしい。何かが残ったり増えたりするのは、わしには向いとらん。ゼロがいちばんじゃ」
「家には帰ってこんのか」新吾がいくらか気がかりな声でたずねた。
「帰らん」即座に答えた。
「衛兄が帰らんのなら、わしが田んぼをやろうかの」
「好きにしたらええ」次兄は素っ気なく言った。「しかし勇兄と嫁さんがおるけん、あんまり面白いことにはならんぞ。そのうち子どもも生まれるやろうし」
新吾はしばらく考え込んだ。
「ここで衛兄と農業をしようかの」気をもたすように言葉をつなぐと、
「やめとけ」取り付く島もなく言った。
「なせか」
「農業はつまらん」
「なせつまらんのか」新吾は喰い下がった。
「なせでも、つまらんもんはつまらん」
片山恭一
愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。
川上信也
1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。
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