連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第六章

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6-5

 次兄は長兄とも両親とも、あまり仲が良くない。家族だけでなく村の人たちとほとんど交流をもたず、一人だけ離れたところで暮らしている。衛兄は人間嫌いなのだ、と新吾は言った。何事もくだらない、というのが次兄の人生観らしかった。人間のやることは救いがたいほど愚かで、一緒にいるとかならず喧嘩になる。だから自分は人と離れて暮らしているという理屈だった。
「衛兄は小さいときに、親父について都会へ行っておったのよ」新吾は言った。「そこで空襲におうた。街が焼かれて死んだ人間を大勢見たそうじゃ。身体が引き裂かれた者、頭から脳みそが流れ出している者もおったらしい。道端で大人の男が泣いとった。座り込んで、声を上げて泣いとる。それを見て、衛兄はつくづく嫌になってしもうたのよ」
「なんが嫌になったのかの」健太郎がたずねると、
「なんもかもよ」新吾はわかりきったことのように言った。「人間はなんとも馬鹿らしい生き物だと、心の底から思うたらしい。中身は空っぽで、うろちょろ動きまわる空洞みたいなもんじゃ。まあ、衛兄の哲学いうところかの」
「なんやら暗い哲学だの」
「明るいも暗いも、本人がそう思いきめとるのじゃから、どうしようもない」新吾は利いたふうなことを言った。
 伐採された草原で、武雄が野ウサギを見つけた。獲物を見つけたらいつでも撃てるように、彼は常に弾になる小石をズボンのポケットに入れて持ち歩いている。その小石をゴム管に挟んで狙いをつけた。気配を感じているのだろう。
 野ウサギは草のなかで立ち止まり、あたりを警戒するように耳を立てている。武雄のゴム管はぴたりと静止している。二股の木のあいで引き絞られた黒いゴムチューブは、力を呑み込んで凶暴な生き物のようだった。その生き物は、いまこの瞬間にも獲物に襲いかかろうとしている。三人は固唾を飲んで成り行きを見守った。じりじりと時間が流れた。
 何かが目の前をよぎった。ほとんど同時にゴム管がシュッと音をたてて、目にも止まらぬ勢いで小石が飛び出した。石は草の上をかすめて見えなくなった。つづいて茶色い大きなものが急降下した。
「イヌワシじゃ」新吾が叫ぶように言った。
 ワシは素早くウサギを捕まえると、そのまま空へ舞い上がった。四人は言葉もなくワシのあとを目で追った。鋭い鍵爪に掴み取られたウサギは、すでに生命を抜き取られたかのように動かなかった。鳥は悠々と大空を飛行し、やがて山の陰に隠れて見えなくなった。
「ワシのやつにはかなわん」武雄がさばさばした声で言った。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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