連載書き下ろし小説
なお、この星の上に
写真:川上信也
プロデュース・ディレクション:東裕治
昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?
第五章
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「とにかくエランが見つかってよかった」彼は大人びた口ぶりで言った。「おかげでみんなとも友だちになれたわけだし」
三人は押し切られるようにして頷いた。健太郎は父親たちと山参りに行ったときに目にした光景を思い出して、ちょっと複雑な気持ちになった。エランを採掘するために無残に削られた山を見たとき、たしかに疎ましさをおぼえた。その疎ましいことに、昭の父親は責任者の一人としてかかわっている。昭自身がいくら父のことを尊敬しているにしても。これもまた疎ましいことだった。
夕暮れが近づき、昭の家を辞してそれぞれの家に帰る道すがら、
「昭はええの」と武雄が羨ましげに言った。「いつも美味いもんが喰えて。あれを喰うたら、学校の給食など不味うて喰えん」
どうやらフレンチ・トーストのことが頭を離れないらしい。
「昭の母ちゃんに作り方を習っとけばよかったの」新吾が言った。
「ああ、そうやった」武雄は一生の不覚といった口ぶりで、「よう思いつかんかった」と天を仰いだ。
「またいつか呼んでくれるやろ」健太郎は宥めた。「昭もそう言いよった」
「フレンチ・トーストを喰わしてくれるかの」武雄は無邪気に答えた。
「日曜の昼に行きゃあな」新吾が真顔で言った。
「それよりか武雄よ、猟師になったらますますフレンチ・トーストは喰えんぞ」健太郎はからかうように言った。「喰えるものといやあ、自分で捕った魚か獣か、せいぜい山に生えとる草くらいやろ」
「米は持っていく」武雄は現実的に答えた。
「どっちにしてもフレンチ・トーストは喰えん」新吾が言うと、
「そのときゃあ、昭の家に遊びに行く」武雄は涼しい顔で返した。
「内藤はいつまでもこの村にはおらんやろ」健太郎は先のことに言葉を向けた。「高校になったら、また引っ越すのやないかな」
そう言ってから、自分が内心でそのことを望んでいる気がした。昭は嫌なやつではない。真面目で性格もいい。ただ、どことなく苦手だった。昭も、あの家も。三人はしばらく黙って歩いた。
「外国へ行くかもしれんの」武雄がぽつりと呟いた。「昭もおやじさんみたいに、留学して外国へ行くんやないかの」
その日の夕食時、母親は電気洗濯機の話を持ち出した。近所の婦人たちと見にいったらしい。このあたりで最初の電気洗濯機を買った家というのが、多賀清美のところと聞いて、健太郎は自分のことが話題になっているわけでもないのに、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
片山恭一
愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。
川上信也
1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。
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