連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第五章

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 昭の話しぶりからは、彼が父親を尊敬していることが伝わってきた。自分はどうだろう、と健太郎はいくらか後ろめたい気持ちで思った。嫌っているわけではない。いい父親だとは思うが、「尊敬」という言葉には結びつかない。
「これから工業がどんどん発達して、みんなの暮らしが豊かになっていけば電気は足りなくなる」昭は父親の話を受け売りするようにつづけた。「いくらダムを造っても間に合わない。火力発電に必要な石炭はやがて掘り尽くされてしまうそうだ。つぎは石油だし、外国ではもうそうなりつつある。ところが石油は、この国にはほとんどないんだ」
「ないのか」新吾が無邪気に言った。
「どこか外国から買ってこなくちゃならない。そのためにはお金がいる。外貨っていう外国のお金がね。そんなことをやっていては、日本という国はいつまでも豊かになることができない。だからどうしても、別の方法で電気をつくる必要があるんだ」
「なるほどの」新吾は頷いた。
「そればかりじゃない。資源がないから戦争が起こるというのが、父さんの考えなんだ」昭は話し慣れた口調でつづけた。「日本のように石油のない国では、たくさんある国から奪ってしまえと考える人が出てくる。この前の戦争も、そうやって起こったそうだ。石油や石炭が欲しくて、隣の満州や中国を侵略してしまった。日本を二度と戦争しない国にするためには、食料もエネルギーも、なんでも自前で調達することが大切だ。狭い国土を有効に利用して、国民が自前で豊かになっていける国をつくらなければいけない。日本には新しい立派な憲法がある。あとは自分たちの力で国を富ますことを考えれば、この国は豊かになり、国民は幸せになっていくことができるはずだ」
「たいしたもんだの、昭は」新吾が感心したように言った。
「学校の先生みたいだの」武雄が言葉を添えた。
「みんな父さんが言っていることだけどね」昭はちょっと照れくさそうに頭を掻いた。
「それでもたいしたもんよ」新吾はこだわった。「使う言葉からして、わしらとは違う」
「都会の言葉と田舎の言葉が違うのは当たり前だが」武雄が水を差すように言うと、
「しかし都会の言葉を使やあ、誰でも昭のように話せるわけではなかろう」新吾は意外に真っ当な理屈を返した。
「大丈夫かの」武雄が視線を宙に向けて言った。
「なんがか」新吾が不審そうにたずね返した。
「こんなところにおったら勉強ができんようになるぞ」
「武雄と一緒に遊ばねば大丈夫じゃ」
 昭は笑って答えなかった。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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