連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第四章

4-8

「清美は内藤のことをどう思う」
「なんやの、そんなことを訊いて」目を閉じたまま、興味のない口ぶりで答えた。
「あれは勉強ができるし、頭も悪うない」健太郎は低調な言葉を繰り出した。
「それがどうかしたん」
「だけん、どう思う」
「どうもこうも、なんとも思わん」
「そうか」
「今日の健太郎はおかしいな」
 たしかに今日の自分はおかしい、と彼は思った。いつからおかしくなったのか、その境目がはっきりしなかった。ここに来て草の上に横たわったときからか、小鳥たちの奇妙な言葉が耳について離れなくなったときからか。それとも匂いに感覚が研ぎ澄まされていったときからだろうか。
 無力感をおぼえるようにして、健太郎は傍らに横たわる清美を見た。顔に当たっている光は、彼女の内部より現れ、宇宙へ解き放たれている。これはいったいなんだろう? このキラキラと輝くものは。彼女の顔や身体全体から放たれ出ているもの。
 健太郎のなかにもあった。清美から放たれ出たものが身体を通過し、自分のなかにある同じものとぶつかり、混ざり合い、共振し、落ち着かない気分にする。これまでは気がつかなかった。こんな輝かしいものが自分のなかにあることに。それは彼のなかにありながら、彼のものではなかった。
 健太郎は喘ぐようにして考えつづけた。先ほど口いっぱいに詰め込みたいと思ったものが、いまは彼の身体のなかにあった。胃袋の粘膜にこびりつき、悶々として光彩を放っている。暗い臓腑の奥深くで鈍く光っている。胃の腑にあり、五臓すべてにある。
 この卑俗な欲望は、卑俗であるがままに清浄だった。暗く窮屈なところに押し込められていながら、縹渺ひょうびょうとして自在だった。
 本当に自分なのだろうか。この身に起こっていることなのか。極彩色に輝きながら、彼のなかに潮のように満ちてきたもの。
 それは生物であること、一個の欲望する生命であること、そのものだった。彼は自分がここに在ることに、目のくらむような歓喜と戦慄をおぼえた。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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